慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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かつて、ここには野球場があった

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先日、久しぶりにミナミに行った。
大阪に住んでいた頃はちょくちょく足を運んだものだが、
もう10年近く、私の行動範囲からは外れている街。
変化の激しい昨今にあって、そこは当然、昔とは様変わりしている。
私の知っている「なんば」とは、まるで違う場所になってしまっていた。

上の写真は「なんばパークス」の一部。
3年前、大阪球場の跡地に造られた商業施設だ。

そう、かつてここには野球場があった。
今やすっかり博多の顔となったホークスがまだ「南海」だった頃の、
通路が狭くてスタンドが急斜面な、こじんまりした球場が存在した。

近鉄バファローズが初めてリーグ優勝した年、
藤井寺球場にはまだ照明設備がなく、日生球場は収容可能人員が少なく、
いずれも日本シリーズの開催条件を満たさなかったため、
バファローズは大阪球場をホームグラウンドとした。
あの有名な「江夏の21球」は、この地で起こった伝説だ。

私の高校時代の友人に、生粋の南海ファンがいた。
彼は北海道の大学に進んだが、帰省するたびに私を球場に誘った。
傾斜のきついスタンドで、ドカベン香川のホームランに歓声をあげたりした。

ホークスが大阪を去ることが分かったのは、ちょうどそんな頃だった。
あの年の秋、彼は私に手紙を寄越し、南海ホークスとしての
最後の「ファンブック」を入手してほしいと頼んできた。
私は友の願いを叶えるべく、南海・なんば駅の売店に走った。

ホークスが去った後、球場内には住宅展示場と、
ミュージカル「キャッツ」の小屋ができた。
少し前にできた東京ドームになぞらえて
「日本初の屋根あり球場」などと揶揄したものだ。
もう、ここは「球場」ではなくなっていた。

南海ホークス、近鉄バファローズ、そして大阪球場…。
ここにあったいろんなものが、今はもうない。
パークスの7階に、それが確かにここにあったことを示す
わずかばかりのメモリアルコーナーが、ひっそりと残されていた。
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かつてここには、確かに野球場があり、野球があった。
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by hibinag | 2006-04-30 13:59 | 04-1.野球