慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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思いのほか仕事が早く片付いたので、昨夜はなんとか当日中に帰宅できた。しかし、予想を遥かに下回ったとはいえ、遅いことに変わりはない。睡眠不足は解消されず。今朝の電車でも眠かった。立っているときは新聞を読んでいたので、何とか持ちこたえていたが、席が空いて座った途端、睡魔がバタフライでアプローチ<それはスイマー

ウトウトしていると、不意に女の子の声が耳に入った。

「昨日、テレビでポール・マッカートニーやってたなあ」

何ですと?
今、何かおっしゃいました?

顔を上げると、斜め向かいの座席周辺に女子高生と思しき集団。「○○(友達の名前)、見てるかなあと思とってん」とか、「私はジョージが云々」とか言っている。

ほぉ、あの中にビートルフリークがいるのだな?
イマドキの女子高生とビートルズ。
彼女らの世代だと、英語や音楽のみならず、現代社会みたいな授業でも「ビートルズ」が登場するはずだ。「ビートルズというと、学校のイメージがある」なんていう人もいると聞く。でも、彼女らは、あくまで通学途上の気楽なおしゃべりの題材としてビートルズを扱っている。私は妙に嬉しくなった。

でもまあ、考えてみれば、そんなに驚くことではないかもしれない。私自身も、彼女らぐらいの齢の頃、一番熱心に聴いていたのはビートルズだった。そして、数は多くないにしろ、そういう友達が何人かはいた。当時はファンクラブ(今でもある)主催の「復活祭」なんていうのがあって、要するにフィルムコンサートみたいなものだが、中央公会堂やサンケイホールによく出かけた。ビートルズがきっかけでギターやほかの楽器にも興味を持った。ビートルズを中心に、新旧入り乱れて洋楽への興味が広がった。

彼女ら(全員ではないだろうが)は今、その只中にいるのだろう。もし、今から自分なりの新しいビートルワールドを開拓していくのだとしたら、ちょっと羨ましい気もする。

そして、絶えず新しい年齢層のファンを獲得していくビートルズ。おそるべし。今年はデビュー40周年(!)ポールおじさんは還暦だ(笑)。何かイベントとかやるのかな? いや、ポールの還暦じゃなくて40周年の(笑)。

それにしても、昨日ポールが出てたテレビって何やろ? そーいや一昨日はジョージの誕生日やったけど…。気になるなあ。
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# by hibinag | 2002-02-27 15:45 | 05-1.Beatles
突然だが、私はビートルズ愛好家である。とはいえ、物心ついたときには、バンドはとっくの昔に解散していた。聴き始めたころ、デビュー20周年記念イベントとかやってたから、1982年ってことになる。ジョン・レノンはもうこの世の人ではなかった。

そういや今年は2002年。デビュー40周年か。私ももう20年のフリーク歴ということになる。去年はジョージが亡くなった。そして、中学生だった私は、1児の父親になっている。ありきたりだが、歳月の流れたるや、まさにマッハでゴナウェイである。

何の話だっけ?
あ、そうそう、思い出したんですよ。
今日1月30日は、ビートルズがグループとして公衆の面前で演奏した最後の日なのである。1969年、今から33年前のことだ。

演奏は突然だった。レコーディングに行き詰まった彼らは、気分転換を図ったのか、突如“ライブ”を決行したのだが、その場所は何と

ビルの屋上。

ファンの間では有名な「ルーフ・トップ・セッション」である。

なにしろいきなりだったので、近くを通るロンドンの人々はビックリ。ビルを見上げたり、近隣のビルに上がったり。一時、辺りは騒然となり、とうとう警察が出動する事態となった(当然、許可など取っているはずもない)。

それにしても、1月のロンドンである。でもってビルの屋上である。正確には覚えていないが、どう低く見積もっても5、6階はある。私も10年ほど前の今頃、現地を訪れたことがあるが、私が住む関西以上にロンドンは寒い。


その中でギターを弾くんですよ!


想像しただけで指がちぎれそうになるっちゅーもんですぜ、いやマジで。

先述のとおり、「最後のライブ」ということで、ビートルズ史上、重要な出来事の一つとしてファンには認識されているのだが、冷静に考えるとトンデモナイ話である。ビートルズの皆様、貴殿方はエスキモーですか? それともドラッグのせい?<十分ありえるので笑えない

ま、メンバーが何かのせいでハイだったかどうかはさておき(笑)、寒風ふきすさぶ大阪の町を歩きながら、ふとそんなことを思い出した南出であった。
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# by hibinag | 2002-01-30 15:48 | 05-1.Beatles

“伝説”と“今”

「ウチノカミサン! リンダデス!」

ステージで愛妻の腕を高く掲げながら、ポールはそう叫んだ。1990年3月5日、東京ドーム。彼が立っている場所がはるか彼方に感じられる1塁側スタンド3列目244番で、私はその声を聞いていた。

オーディエンスの興奮は最高潮に達した。つい今し方、5万人で大合唱した“Hey Jude”に鳥肌を立てたばかりなのに。

流れ出す切ないピアノの旋律。“アビイ・ロード・メドレー”の最終章を飾る“Golden Slumbers”のイントロ…。

中学2年生でビートルズに出会ったとき、ジョン・レノンはもう、この世の人ではなかった。その衝撃的な死があったから、とは一概に言えないかもしれないが、彼らはすでに“永遠の伝説”だった。

私がビートルズを聴き始めた頃は、ほかの3人の活動も極めて地味で、ポールはスティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンと共演したりしていたが、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったマイケルのほうが、どう見ても目立っていた。『ライブ・エイド』のポールは、どこかしら“往年のスター”という風情だった。ジョージやリンゴに至っては、どこで何をしているのかすら、よくわからなかった。

その頃の私にとっての彼らは、60年代の彼らがすべてだった。毎日のように聴き入っていたビートルズのレコードの中にいる彼らがすべてだった。20年も遅れて彼らの背中を一生懸命追いかけていた私に、“今”の彼らを受け入れる余裕はまだなかった。

だから、ポールがツアーで来日するらしいという噂を最初に聞いたときも、半信半疑だった。80年代、まったくツアーをやっていなかったこともあって、彼のステージを見る機会などあり得ないと思い込んでいた。

しかし、彼は本当にやって来た。そして、歌ってくれた。いや、そんなことよりも、自分がいるのと同じ空間に彼がいる―それだけで、すでにスゴいことだった。こんなことが本当に起こるんだと思った。

そして、その瞬間から、彼は私の元に降りてきてくれた。それまで、ずーっと上の方から聞こえていた彼の声が、もっと近いところから聞こえた。“伝説”は新たな生命を吹き込まれて、“今”に再び息づいた。10年近い歳月を経て、ようやく私は、“今の”彼を受け止めることができたのだった。至福の瞬間だった。

あれから9年が過ぎた。彼の最愛の“カミサン”リンダはもういない。彼は再びツアーを封印した。私は、彼のそんな“今”を受け止めている。あのとき、彼はこんな一節でコンサートを締めくくった。

“君の受け取る愛は、結局、君の与える愛に等しい”



※1999年、雑誌「プレジデント」の募集に応じて投稿した記事。採否の結果は聞かないでください(笑)。
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# by hibinag | 2001-06-29 15:51 | 05-1.Beatles