慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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<   2004年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

「パパの夏休みの宿題は家族サービスね。」


やかましい。



いや、そういうコピーの広告(確か某百貨店)を電車の中で見たわけなんですが。

私ゃどーも、「家族サービス」という言い回しがキライでね。
なんで家族同士で「サービス」なのか。
しかも、サービスする側は常にオヤジ(夫・父)ってのは、どういうことだ?
つーか、そもそも、ヨメや子供と一緒に出掛けて遊んだり
買い物したりメシ食ったりすることは「サービス」なのか?

だいたい、「サービス」などといえば聞こえはいいが、実態は義務・強制だ。
ヨメさんが「たまの休みぐらいサービスしてよ」と言ったら、
それは「買い物行くから運転しろ」「荷物持たんかい!」「子守せえや!」
という意味である。
サービスを受ける側のほうがエラそうなのだ。カネも払わないくせに。
それが、この広告じゃ、とうとうガキにまで言われる始末。
しかも「宿題」だと!? このクチかぁーーーっ!!<沸騰

さらに悪いことには、そう言われて納得するオヤジが多いっぽいんだな、これがまた。
私の知り合いにも「休日は家族サービスだから…」などと頭をかくのがいるが、
普段、よほど悪いことをしているに違いないとか勘ぐってほしいのか。

つーわけで、私は家族サービスはしません。
といっても、それは家族をないがしろにする、ということではない。
遊ぶ時は積極的に遊ぶし、買い物にも出掛けるし、たまにはメシだって食いに行く。
一方、自分の時間を確保するなら、それはそれできっちりやる。

要はバランス、メリハリ。そして自らの意思の表出が不可欠。
「家族サービス」なんて言葉を平気で口にするのは、
家族と一緒は煩わしいってのが本心だからじゃないの?
あるいは「サービスすること」でしか家族と繋がれないのか?

こんな言葉をのさばらす社会の在り方(まだまだ会社主義)もヘンだし、
分かってて乗っかるヨメ・子供もイカンし、
放置(あるいは利用)するオヤジどももバツ。
つーか、こういうコピーが広告として「成り立ってる」ところが、
すでに日本人としてすげー恥ずかしいんですが。
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by hibinag | 2004-07-23 20:30 | 03.主張

マルちゃんのお宝

オーストラリアの古物市で
ビートルズゆかりの品と見られるものが多数発見されたらしい。

その持ち主だったと見られるのが、マルことマルコム・エヴァンス。
1935年、リバプール生まれだから、
ビートルズのメンバーより5~8歳年上だった、ということになる。
郵便局員だった彼は、身長が2mを超える大男で、その巨体を生かし、
アルバイトでキャバン・クラブの用心棒として働いていた。
キャバン・クラブとはご存知、
ビートルズがデビュー前から演奏していたライブハウスだ。

で、そこでマルはビートルズの面々と知り合い、
63年5月にロード・マネージャーとなる。
ロード・マネージャー(ローディー)の主な仕事は、
コンサート・ツアーでのアーティストの世話係。
マルは楽器やアンプの運搬、ギターの弦の張り替え、ボディーガード、
さらにはメンバーと夜を過ごす女性の「調達」まで「担当」していたらしい。

ツアー以外でもレコーディング・スタジオや映画の撮影、
さらにはプライベートに至るまで、
マルは、もう一人のローディーのニール・アスピノールとともに、
ビートルズの陰となり日向となり、実に様々な仕事をこなした。

レコーディングに「参加」することもよくあった。
アルバム「サージェント・ペパーズ」のラストを飾る“A Day In The Life”は、
元々、ジョンとポールの別々の作品を合体させた曲で、
この2つを繋ぐ部分に、最終的にはオーケストラの演奏が挿入される。

しかし、当初その部分は空白で、24小節の長さがあることを示すために、
初めと終わりに目覚まし時計のベルの音を入れ、
その間を1から24までカウントした。
それを担当したのがマルで、「アンソロジー」にも収録された未完成テイクで、
思い切りエコーのかかったマルの「1、2、3…」というカウントが聞けるし、
目覚ましのベルは完成テイクにも残っている。

「アビイ・ロード」収録の“Maxwell's Silver Hammer”には
金槌(鉄床)の音が入っている。
これはリンゴによるものだが、映画「レット・イット・ビー」のセッションでは、
ややずれたテンポで金槌を叩くマルの姿が映っている。

この映画にはマルがよく登場していて、
冒頭、スタジオの中でピアノを押して運んでいたり、
ラストの「屋上ライブ」では、騒ぎを聞き付けてビルに乗り込んできた警官を出迎え、
演奏しているビートルズのメンバーに耳打ちしたりしているマルを見ることができる。
また、映画「ヘルプ!」で、「ドーバー海峡を目指して泳ぎ続けるスイマー」という、
ストーリー上は何の重要性もない役をやっているのもマルだ。

1968年のアップル設立時には常務取締役に就任するなど、
ビートルズから絶大な信頼を受けていたマル。
彼がビートルズに関する何らかの音源や記録を持っていたとしても、
何ら不思議ではない。
今回のコレクションが本当にマルのものであるならば
その信憑性は疑いようもなく、ものすごい“お宝”であることは間違いない。

それにしても売ったのは誰なんだ?
買った人の今後の動向と同じぐらい、そっちが気になる。

<蛇足>
文中の「アップル」は、「アップル・コープス」というコングロマリット(複合企業体)で、
レコード制作・販売、映画、物販、また、そこから上がってくる収益や
ロイヤリティーの管理などを行っていた。
現在もロイヤリティー管理会社として存続しており、
先述のニール・アスピノールが経営責任者を務めている。
かつてはエレクトロニクス部門も存在していたが
パソコンは作っていない。
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by hibinag | 2004-07-18 17:29 | 05-1.Beatles

願いはいずこへ

七夕の日、お星さまにポッキーがほしいと祈った我が息子。
先日、妻と買い物に出掛けた時も、
スーパーのお菓子コーナーでポッキーをねだったそうな。
つーか、それは星に頼んだんじゃ<ええから買うたれ

妻も、さして拒否する理由もなく、って別に拒否など一度もしとらんのですが、
幼稚園でもちょこっと有名になったらしく、
「ポッキーぐらい買うたりいな!」と、何人かのママ仲間からも言われたらしい。
いや、だから買わないなんて言ってませんてば。

ま、それはさておき、買ってやろうとしたらしい。
ところが、サンは傍らにあるメロンパンにも熱視線。
さすがに、一度に2つというのは教育上よろしくない。
あくまで教育上でっせ。経済上ちゃいまっせ。
つーか、いい加減、貧乏ネタはやめろ俺。

で、妻は息子に「どっちか一つにしなさい」と言ったところ、


「サンくん、メロンパンにするわ」<あっさり


って、キミのポッキーへの思いはその程度やったんかい(笑)。
 
 
ちなみに、週末の北海道旅行から帰ってきた義父母が
お土産に現地限定の「夕張メロンポッキー」を買って来てくれた。
実は、サンの思いを知った妻のリクエストだったらしいが、
まあ、めでたしめでたし(笑)。
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by hibinag | 2004-07-15 20:33 | 01.日常雑記

星に願いを

今日は七夕。
サンも幼稚園で短冊を書いてきた(正確には先生に書いてもらった)らしく、
リビングの壁に笹と一緒に「展示」されていた↓


「ぽっきーがかってもらえますように」


って願い小っちゃ!



ちゅーか息子よ、

お星様じゃなく、父ちゃんか母ちゃんに言いなさい。
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by hibinag | 2004-07-07 20:34 | 01.日常雑記

親子の情景

昨日、午後からサンを公園に連れて行った。
ビニールのソフトバットとボールで野球ごっこだ。
滑り台と水飲み場があるだけの小さな公園。
ほかに人は誰もいなかったので安心だ。

暫くして、サンより少し大きい女の子がやって来て、滑り台で遊び始めた。
その様子を見て、サンも野球ごっこ終了。滑り台へGO。
私も近くで相手になってやっていると、その女の子が話しかけてきた。

最初は、サンダルがストッパーになって巧く滑れないサンに、
「足を上げたら滑れるよ」とか言っていたのだが、そのうち私に
「一昨日、誕生日だったの」とか盛んに話しかけてくるので、
「いくつになったん?」と聞くと「6歳」との答え。
幼稚園に通っていて、来年から小学校に上がるらしい。

サンの相手をしつつ、そんな何でもない会話をしながら、
私は妙な違和感を覚えていた。
少し離れた所にあったベンチに、その女の子の父親が座っていたからだ。
いや、もう少し正確に言えば、
その父親がずっと携帯電話の画面を見続けていたからだ。
滑り台に背を向けて座り、一言も話さず、もちろん女の子に視線を送ることもなく。

子供を公園などに連れて来ている親が、子供を放ったらかしにして
ケータイメールに没頭する姿はよく見かける。
私はそういう場面を目にするたびに、その親たちは勿体ないことをしていると思う。

確かに「子供のお守り」と思えば面倒だし、
限られた中から「自分の時間」を捻出したい気持ちも分からないではないけれど、
彼らは、公園に来てまで一体何をやっているのか。
今の子供の姿は今しか見ることができないのに。
監督責任を果たしていないという問題もさることながら、
今必要な触れ合いやコミュニケーションを放棄することが、
近い将来、後悔の種になるかもしれないとは思わないのだろうか。
ましてや女の子の父親であれば尚更ではないのか?

父親の丸い背中を見ながら取り留めもなくそんなことを考えていると、
女の子がぽつりと言った。

「お母さんは…、お父さんと喧嘩してるみたいなの」

転勤族を想起させる女の子の関東ことばが、曇り始めた空と相俟って、
何とも言えない重さを抱えているように聞こえた。
30度を超える夏の昼下がりなのに、私は少し寒くなった。
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by hibinag | 2004-07-05 20:35 | 03.主張