慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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<   2003年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

さすがに

昨日の「アビイ・ロード」問題について、ビートルズのファンクラブに投書を画策。
例の「米ポスター会社」とやらを突き止めて、抗議声明を発表すべし
とか何とか書いてやろうと思ったのだが、
そのサイトに掲載されていたニュースに

変造は写真の著作権を持つアップル(ビートルズ関連の版権管理などを行う会社)に
許可なく行われ、アップルのスポークスマンも「同意していない」とコメントしている

という趣旨の一文があるのを読み、とりあえず矛を収めた。
まったく、何様だ私。


それはさておき、今日のニュース。

~つづき~
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by hibinag | 2003-01-23 23:18 | 02.一般ニュース

ヨーコに告げ口

ビートルズのアルバムの中でも、「アビイ・ロード」のジャケットは特に有名だろう。その中でポール・マッカートニーは、右手に煙草を挟んでいる。

その写真を、米ポスター会社などが、最近の世界的な嫌煙傾向に配慮してコンピューター処理し、ポールの右手からタバコを消しているというのだ。ポスター以外のグッズについても、同様の処理が施されているらしい。

しかも、それだけにとどまらず、アルバムが再プレスされる際にも、ジャケット写真からタバコを取り除く動きもあるという。

これは由々しき問題である。「guessの勘ぐり」および「林檎の枝葉」で、クレジット表記の変更が「歴史の歪曲」になるかどうかという話を書いたが、今回のは間違いなくねじ曲げだ。これこそ、ヨーコさんは訴えるべきではないか?

新聞記事によると、ポールやリンゴ・スターの周辺からも、

「嫌煙団体からの圧力が強い。行き過ぎだとは思うが、喫煙が格好よく表現されてはいけないとの流れがある」

と、さも本人たちが言ったかのようにコメントが掲載されているが、仮にそうだとしても、あのジャケットはれっきとした一つの作品だ。単なる「レコードの入れ物」ではない。何者も(メンバーでさえも)そこに変更を加えることは許されないはずだ。作曲者の表記順を入れ替える話とは、根本的に異質な問題なのだ。

あのジャケットの裏面には、収録曲が表記されているのだが、実は、2曲目「Something」と3曲目「Maxwell's Silver Hammer」が入れ替わっている。要するにミスなのだが、それすらも「アビイ・ロード」という作品の構成要素なのだ。たとえ間違いであっても、勝手にイジってはいかん。
(ただし、国やプレスによっては正しい順序で表記されているものもあるという説アリ)

まして、あの横断歩道の写真の「右手に煙草を挟んだポール」は、有名な「ポール死亡説」の重要な”証拠”の一つとされている。

「ポールは左利きだから、右手に煙草を挟んでいる彼は、実はポールではない」

という他愛もない遊びではあるが、そんな遊びを可能にしたのは、ほかならぬ、あのジャケット写真なのである。

しかも、真偽のほどは定かではないものの、「ポール死亡説」はメンバー自身が仕組んだという説もあり、そうなると、煙草を消してしまうことは、メンバーが作品に持たせようとした意味合いを明らかに無視した愚行にほかならないということになる。そのあたり、どうなのよ?

つか、これは単にビートルズだけの問題ではないし、まして煙草の是非の問題でもない。「芸術」というものに対する一種の破壊行動に等しい。たとえが悪いかもしれないが、私には、タリバンがバーミヤン遺跡を破壊したのと同じに映るのだが。
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by hibinag | 2003-01-22 14:12 | 05-1.Beatles

いまだ揺れやまず

阪神・淡路大震災発生から、今日でまる8年。
わが家の周辺でも、さまざまな行事が行われる。

サンがいつもサッカーをしているグラウンドにも、
今日は朝からテントが張られている。
イベントの集合場所になっているらしい。
そのため、毎週金曜日の午前中に行われるサッカーの練習も、
今日は午後からに振り替わったらしい。

思えば、新居を求めてやって来た5年前の夏、
このグラウンドには、まだ仮設住宅が建ち並んでいた。
が、その秋に荷物の搬入に来た時には、プレハブは撤去され、
やがてグラウンドも整備され、震災の足跡はきれいに消された。

帰宅が遅かったので、ニュースを十分見る時間がなかったが、
やはり、どこも震災を取り上げていたようだ。
だが、1年に一度、思い出したようにクローズアップされるというのは、
地元民としては、どこか違和感がある。
よその地方に住んでいる人には、仕方のないことだろうけど。
そして、私自身も、被災したわけではないけれど。

当時、大阪に住んでいた私は、マンションの大きなうねりで目を覚ました。
だが、テレビであの傾いた阪神高速の映像を見るまでは、
そんな大変なことになっているとは、想像できなかった。

だから、私は「当事者」ではないのだけれど、
今住んでいる地域は、被害が甚大であった所であることは間違いなく、
それは、8年たった今なお、そこかしこに空き地があったり、
道路の端がひび割れていたりすることで実感する。

あれから8年。
仮設住宅に住む老人の孤独死が後を絶たないという現状。
あの時、職を失って、いまだに復職できない人も多いと聞く。
「復興」とは、どういうことなのか?
神戸近辺の町並みに、新しい建物を見るたびに、
私は複雑な思いになる。
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by hibinag | 2003-01-17 23:27 | 02.一般ニュース

若手芸人

サンが、果物の写真がたくさん載った本を持ってきた。

私「(リンゴの写真を指しながら)これは何?」

サン「あっぷ!」(アップル)

私「せやせや」

サン「(ミカンを指して)こえは?」(これは?)

私「(英語っぽく)オゥレンジ」

サン「(バナナを指して)こえは?」

私「(英語っぽく)バナーナ」

妻「じゃあ、サン、これは?」

サン「(英語っぽく?)いちぃご!



私と妻、2歳児に本気で笑かされました(笑)。
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by hibinag | 2003-01-11 22:29 | 01.日常雑記

太平洋の向こうから

思わぬ人から電話がかかってきた。

電話の主は旧友のN。
高校の同級生だが、どちらかと言えば、浪人時代、予備校で親しくなり、
苦楽をともにした。
たまたま志望校も一緒で、一緒に願書を出し、一緒に受験会場に赴き、
発表までの期間に、予備校のほかの友人も交えて一緒に旅行に行き、
一緒に合格発表を見に行き、一緒に不合格になり(汗)、
一縷の望みに賭けて2次募集に応募するため、
一緒に高校に内申書を取りに行った仲だ。
ついでに言うと、誕生日まで同じ。

結局、私のほうにだけ追加合格の報が入ったため、
Nと私の”蜜月時代”は1年でピリオドが打たれたが、
彼が翌年、別の大学に合格すると、
また一緒に予備校時代の親しかった連中の下宿に上がり込んだりもした。

社会人になってからは、会う機会もほとんどなく、
それこそ年賀状程度の付き合いになってしまい、
さらに2年前、金融機関に勤めるNがサンフランシスコに転勤してからは、
それもなくなることとなったのだが、私と違ってマメなNは、
昨年2月頃だったか、国際電話をかけてきてくれた。

そして今日、彼はまた、遠くアメリカ西海岸の空の下から、
元気な声を聞かせてくれた。
昨年の電話で聞いた子供が9月に生まれたことから、
子育てやら景気やら、彼が目の前で見たという米国式のドライな解雇の瞬間やら、
日米の雇用文化の違いやら社会インフラやら、
いろんな話を小一時間もしてしまった。
たしか、前回もそれぐらい話してしまったような気がする。
彼がIP電話でかけてきてくれたと、強く思いたい(すまん)。
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by hibinag | 2003-01-03 19:30 | 01.日常雑記

第2ステージクリア

午後から全員で外出。
私は梅田に用事があったので、サンを両親と妹に預け、小一時間ほど単独行動。
ベビーカーのサンにそのことを告げると、
サンはやはり、少し悲しそうな表情をしたけれど、
途中、妹の携帯にかけた電話では、機嫌よく遊んでいると聞かされ一安心。
近所のホテルの喫茶店で合流した時には、美味そうにケーキをほおばっていた。

夕食後、帰路につく。
さすがのサンも、ずっと気が張っていて疲れたのか、
帰りの電車ではずっと寝ていた。

帰宅後、妻の顔を見るなりぐずり出すサン。
この2日間、一度もそんなことはなかったのだが、
小さいなりに、ずいぶん我慢していたのだろう。
よぉがんばったな。
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by hibinag | 2003-01-02 23:33 | 01.日常雑記
今年も「なんでやねん日記」をよろしくお願いします。
皆様にとって、楽しいことの多い1年でありますように。

さて、わが家の新年は、初日の出がとっくに上空に昇り切った昼前に始動。
届いた年賀状をつらつら見つつ、雑煮を食べる。

午後、「療養中」の妻を残し、サンと2人でマイ実家へ。
当初は明日、3人で訪れる予定だったが、予定は未定とはよく言ったもの。
妻とサンの接触の機会をできるだけ減らすべく、今夜は実家で一泊。
サンにとっては、妻と離れて初めて過ごす夜だ。

私の両親に妹も加え、遊んでもらえる人が多いのでサンもご機嫌。
ところが、カニ鍋をご馳走になった後、入浴を済ませ、いよいよ寝る段になって、
やはり母親が恋しくなったのか、一瞬、涙目になるわが息子。
しかし、程なく気持ちを切り替えたのか、
縫いぐるみなどでひとしきり遊んで眠りについた。

サンにしてみれば、新年早々の試練だが、いつかは通る道だ。
こうやって少しずつ心の成長を遂げ、彼は少年へと近づいていくのだろう。
この経験はきっとどこかで自信になるはずだし、
また、それを見守る覚悟を決めた私にとっても、
父親としての確信になっていくのだろう。
目尻に少し涙の残るサンの寝顔を見ながら、そんな思いを巡らしてみた、
2003年最初の夜だった。
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by hibinag | 2003-01-01 23:34 | 01.日常雑記