慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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<   2002年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧

赤青黄色

電車に坂本龍一の3枚のベストアルバムの中刷り広告があった。妙に気になった。しばらく見つめていて、はたと気づいた。

アルバムのジャケットだ。特にその色使い。

3枚のアルバムは、同じデザインで、それぞれ黄色

どこかで見た覚えがある。

などと回想するまでもなく、私はもう気づいていた。

これ、もしかして、ビートルズの赤盤青盤がモチーフなのでは?

ビートルズの「赤」「青」は、正式には「The Beatles 1962-1966」「The Beatles 1967-1970」という。タイトルどおり、彼らがメジャーデビューしてから解散に至るまでを前後半に分け、英国におけるすべてのシングルA面曲を中心に、代表曲をほぼリリース順に収録したもの。最初の発売は解散から3年後の1973年で、選曲には元メンバーのジョージ・ハリスンが関わったらしい。いずれも2枚組で、合わせて54曲(活動時の公式発売曲のほぼ4分の1)が収録されており、いわばビートルズの入門編として最適のアルバム。私も、最初に買ったのが、この2タイトルだった。

さて、上のリンク先で、これらのジャケットをご覧いただきたい。デザインはもちろん、写真の中味も、同じ場所で、ビートルズのメンバーが同じ配置で並んでいる。違っているのは4人の風貌だけだ。撮影したのは「赤」が1963年、「青」が1969年。場所は、彼らが所属していたレコード会社・EMIのビルにある階段である。

これは見事なコントラストだろう。ちなみに、それぞれの裏ジャケットには、互いの表ジャケットの写真が交換されている。つまり、「赤」の裏ジャケには「青」のジャケ写、「青」の裏には「赤」の表が配置されている。これを初めて手にした当時、中学生だった私は、もうそれだけでカッコいいと思ってしまった。よく考えれば、解散後に出たベスト盤であり、いわば「作られた」作品なのだが、それまで、そんな美しさをレコード(CDではない)に見出したことはなかったのだ。

坂本教授の今回の3枚は、これとそっくりでしょう? かたや時代順、かたやカテゴリー別と、分け方こそ違えど、おそらく教授自身の念頭にも、あの2枚があったのではないかと想像するのだが、どうだろうか。

ちなみに、ビートルズの「赤」のジャケ写は、ファーストアルバム「PLEASE PLEASE ME」のジャケ写のバージョン違い。もちろん、同じフォト・セッション時に撮られたものだが、よく見ると微妙に違う。

そして「青」のほうだが、これは69年にリリースされる予定だった
「GET BACK」というアルバムのジャケットに使われるはずだった写真である。当時のビートルズは、メンバー間でのいさかいや気持ちのすれ違いが絶えず、常にギクシャクしており、確実に解散へのカウントダウンが始まっていた。

69年初頭、彼らは新しいアルバム「GET BACK」の制作に入ったが、ダラダラとしたセッションが続くばかり。あまりのまとまりのなさに、デビューからずっとプロデュースを担当してきたジョージ・マーティンもサジを投げ、アルバムは空中分解。それでも、何とか形にしようと、グリン・ジョンズにプロデュースを託すが、1回目の編集はボツ。その後、収録曲をいじり「LET IT BE」とタイトルを変えるも、結局うまく行かず、ついにお蔵入りになってしまう。

そんな最中に、それでもジャケ写は撮影された。これは、いわば自身のファーストアルバムのパロディーであり、解散こそ明言してはいなかったが、おそらく4人とも「これが最後」という意識があったのではないか。だからこそのパロディー写真ではないかと、私は思う。

※下線部については後に「真相」が明らかになりました。
 「これだから、やめられない」の項を参照ください(05.11.29記)


だが、結局、アルバムは発表されず、ジャケ写も当然ボツになった。その後、彼らはもう一度集結し、後期の代表的作品と称される「ABBEY ROAD」を発表する。だが、「GET BACK」は、そのセッション/レコーディング風景が撮影されていた。映画として配給することになっていたからだ(本当は、それも二転三転しているのだが、ここでは割愛)。

おそらく、その関係で、「GET BACK」はどうしても世に出さなければならなかったのだろう。音源テープはフィル・スペクターの手に渡り、彼独特のサウンド・エフェクトによって「蘇生」された。それが、公式に発表された「LET IT BE」だった。

紆余曲折を経て、元の音源からかなり修復された形で、アルバムは一応、日の目を見たが、この時、なぜかジャケットは差し替えられた。そして、ようやく73年、「青」のジャケットに使用されたのである。写真を見比べると、どうやらこれもバージョン違いのようだ。

ともかく、こんな感じで、69年のビートルズは、かなりゴタゴタしていた。発売順では「LET IT BE」が最後にもかかわらず、「ABBEY ROAD」が「実質的なラストアルバム」とよく言われるのも、実はこんなところに理由があるのである。

ビートルズに話が偏りすぎた。坂本龍一に話を戻す。

例の3枚のうち、私があえて1枚だけ選ぶとしたら、「青」と少し悩んだ後、たぶん「黄」を取る(笑)。CM曲というのは、こちらが意識していなくてもどこかで聞いている可能性が高いから、「ああ、あれかあ」なんて言いながら楽しめそうだし、曲目リストによれば、不採用作品なんてのもあって、面白い。あの世界のサカモトがソデにされた作品って、どんなだろう? 聴いてみたい。

それに、50曲も入ってるから、お得感もありそうですし(笑)。
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by hibinag | 2002-10-25 14:33 | 05-1.Beatles

ポール特番に物申す

いやヒドかった。多少は想像していたし、あまり期待はしていなかったとはいえ、ほんとにヒドかった。

読売テレビ(以下YTV)とFM802が、同時生放送した「ポール・マッカートニー BIG WELCOME TO OSAKA スペシャル」。FM802では深夜1時から、YTVでは1時20分から朝5時までのオールナイト放送。司会はFM802のDJ・中島ヒロト、歌手・ちわきまゆみとYTVの局アナ・中元綾子。

まず、何がヒドかったって、この中元ですわ。こいつは曲者です。巨人・元木なんて目じゃない。なんせポールが左利きであることを知らないのだから。

いや、1万歩譲って、それは、広い世の中を探せば他にもいるかもしれないが、ポールの特番の仕事をやることはずっと前から分かっていたはずで、それなら多少は予習しておくもんじゃないのか?

予習といっても、そんな大仰なものじゃない。ポール・マッカートニーとはどんな人物か、詳しい人にでも聞いておけばすむ話である。そうすれば、彼がサウスポーであることぐらい、すぐ分かるはずだ。写真を見れば一目瞭然なんだし。

そんなことすらせずに本番に臨んでいたのだとすれば、ポールにも視聴者にも他の出演者にも失礼だ。つか、仕事に対して失礼じゃないか。それでもプロか。

しかも。

「左(で演奏するギタリストやベーシスト)って珍しいんですか?」って、音楽全般に知らんやん!

天然キャラなのはいいとしても、YTVのHPで見ると、もう30歳やん! 「え~、わかんな~い」で済まされる齢ちゃうぞ。どうしてもできないなら、引き受けるなよ。そうでなくても、早朝のレギュラー番組に出るっていうし、無理して出てくる意味ないやん。

きっと、中島・ちわきコンビだけだとFM802だけになっちゃうから、 YTV色を画面に出すために局アナを起用することになったんだろうが、これは明らかにミスキャストである。また、労働体制の面から見ても問題じゃないか?

などと思っていたら、番組が中程を過ぎた頃、なぜか「夜食タイム」が始まった。メニューはすき焼き。「ビートルズが来日した時、ホテルで食べたのがこのすき焼きで…」とか言ってたけど、まるで脈絡がない。つか、単にお前らが食いたいだけちゃうん!とか思ってたら、また中元がかましてくれました。

「すき焼きって、その頃(ビートルズ来日時)からあったんですか?」

さすがに、これにはスタジオ中が爆笑。もちろん、その中味は失笑です。これを見て、私は彼女が真性ヴァカであることを確信した。

話が前後したが、番組の中味はというと、ポールのビートルズ時代やウイングス時代、ソロ時代のプロモを流しつつ、ゲストがトークしたり、ミュージシャンのVTRコメントを流したりというもの。

ですが。

はっきり言って、ゲストのどうでもいい話が多すぎる。ビートルズやポールにまつわるウンチクとか、最近のライブの情報とか、そんな話なら大歓迎だが、そいつらとビートルズ(ポール)との出会いの話なんて、別に聞きたくない。

さらに、ゲストのミュージシャンたちがビートルズやポールの曲を演奏するコーナーがあったりしたのだが、これらもまったく不要。これはポールの特番であって、そいつらのライブの番組じゃない。そんなことに時間を使うぐらいなら、ポールのプロモやライブ映像を1本でも多く流すべきでしょ。どうしてもやりたいんなら、そいつらの特番でやればいい。俺は見ないけどさ。

肝心の選曲もヘンだった。「ポール来阪のための盛り上げ特番!」とか言ってる割に、“Please Please Me”流すなよ。それはジョンの曲やっちゅーねん。

以下、プロモやライブ映像に関する不満の数々。

●ウイングス時代の“Band On The Run”。曲の途中からやるな!

●“Yesterday”~“Here,There And Everywhere”。視聴者からのリクエストに応える形で、ポールの84年公開の映画“Give My Regards to Broad Street”のシーンを放映。が、このメドレーの後には、もう1曲、“Wanderlust”というバラードが続く。その3曲が揃って初めてきれいにまとまるのに、いきなりブチッとVTRを切るな!

●「ビートルズやポールをよく知らない人のために」、番組が作った「ビートルズ・ヒストリー」。ビートルズやポールをよく知らない人が深夜にこんな番組を見るのかどうかが基本的に疑問だが、まあそれは大目に見るとして、それなら正しい情報を伝えてほしいものです。

●ドイツ・ハンブルク時代のくだりで「初めてレコーディングしたのは、今流れている“My Bonnie”」って、流れてたのは“You Can't Do That”なんですけど!?

●それに、“My Bonnie”は、ビートルズはバックバンドとしてレコーディングに参加しただけ。「彼らの」レコードを録音したわけではない。

●“All You Need Is Love”(1967年)のバックに映画“A Hard Day's Night”(1964年)の“You Should Have Known Better”のシーンを流すのはどうよ?

●しかも、“All You Need Is Love”の映像がないための苦肉の策かと思いきや、VTR終盤の“Let It Be”のバックに流してるし。

●そして、「ヒストリー」のVTR明けに、曲者改めヴァカ者中元が超爆弾発言。

「すごいですねえ…。ビートルズよりすごいミュージシャンっているんですか?」

ゲストの萩原健太氏(評論家・ミュージシャン)に「ちょっと、そこ座れっ!」って怒られてました。当然だ(笑)。

●最近のUSツアーのライブ映像が少しだけあった。これは○。「そうそう、こういうのを期待してんだよ」とか言いながら見ていたら、“Band On The Run”、途中でカット。おいおい!

●しかも、番組終盤で”続き”を流してた。なら、初めから通しで流せって!

●“Maybe I'm Amazed”を「1977年」と紹介。が、正しくは1970年。音源はもちろん、映像から見ても、70年とするのが正しい。同曲は、76年の全米ツアーを音源とする3枚組ライブアルバム“Wings Over America”から77年にシングルカットされており、おそらくそれが原因でこうなったのだろうが、そんなにマニアックな話ではなく、はっきり言って勉強不足である。YTVはともかく、802がこれじゃあなあ…。

●「“Hey Jude”のプロモはないんですよ」と言っていたが、あります! ビデオ“Anthology”にも収録されてます。おそらく版権か何かの関係で放送できないというのが本当のところだろう。

●と思っていたら、「というわけですので、ゲストの皆さんの演奏で」ってまたかよ! 進行役の3人もコーラスに加わって、そりゃアンタらは楽しいかもしれんけどさ。

●終盤に発表されたリクエスト・ランキング。こういう発想自体が貧相だが、ここではあえて触れない。

その第5位、「フィルム・ミュージック・メドレー」。 これは、たしか1982年、ビートルズのデビュー20周年を記念して発売された、彼らの映画で使われた曲を集めた企画モノアルバム“Reel Music”のプロモーション用に発売されたシングルで、アルバム収録曲のうちの7曲を編集してメドレー形式にしたもの。おそらく現在は廃盤になっているはずで、かなりマニアックな代物といえよう。到底、ポールの全キャリアの5番目にくるようなブツではない。

5位のくせに5票(ちなみに4位は39票)しか入っていないところからも、「ありもんフィルム」で済ませようというYTVの策略が透けて見える。

●3位の“Back In The U.S.S.R.”は突然、途中から始まって、あっと言う間に終わった。実に荒っぽい見せ方だ。放送時間の関係か?

●と思いきや、1位まで発表した後、さらに2曲ほどやってたし。謎。

●2位は“Love Me Do”。これもあり得ない。しかも番組冒頭で流れてたのと同じフィルムだぞ。

●つーか、1位~5位、全部ビートルズじゃねーかよ!

とまあ、終始こんな具合で、トータルで言えば、実にくだらない番組だった。ポールの最新ライブやインタビューなど、おいしいシーンもあったのに、少なすぎる。せっかくボストンまで取材に行ったのに、何やってるんだ?

もっとも、日本のこの手の番組って、ほんと、こんなのが多い。誰に何を見せたいのか、ターゲットとベクトルをきちんと定めないから、出演者のマスターベーションを公共の電波に乗せるような番組になってしまう。

この番組が放送されることを教えてくれたのは、ポールのライブに一緒に行く予定の友達。彼はメールに「これ見て予習する」とか書いていた。だが、こんな内容では、予習になどなり得なかっただろう。かと言って、もちろん復習にもならないわけで、つまり大部分は何の役にも立たない。さぞかし気分が悪かっただろう。心中を察するに余りある南出であった。
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by hibinag | 2002-10-14 15:03 | 05-1.Beatles

いまだ皿状態

わが家のCD・MDプレーヤーが入院した。

先日、CDのフタが開かなくなった。音も出なくなった。
しかも、それ以前からMDが録音できなくなっていた。
てことで、販売店に連絡して修理に来てもらった。
CDのほうは解決したらしい(私は現場にいなかった)が、
MDはまるごと交換の可能性もあるとのことでメーカー預かりとなった。

てことで、ポールのCD、いまだ聞けず。
戻ってくるのは約2週間後。
やっぱ席が悪かったからか?<違
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by hibinag | 2002-10-10 15:17 | 05-1.Beatles

計算ずくの偶然

今日はジョン・レノンの誕生日である。もちろん生きていればの話だが、今年で62回目となる。もうじーちゃんだねえ。あの悲劇がなかったとしても、もう亡くなっていたかもしれない。

ちなみに、オノ・ヨーコとの間にできた一粒種・ショーンも今日が誕生日である。たぶん27歳のはずだ。もうそんなになりましたか。

親子で同じ誕生日というのは、ままある話だが、レノン親子の場合はちょっとした逸話がある。あくまでも推測にすぎないが、着床と出産のタイミングが、どうもズレているらしい。つまり、計算が合わないのである。端的に言えば「超早産」なのだ。

しかし、だからといって誕生日が嘘なのではない。ショーンはちゃんと10月9日に生まれている。とすれば、ヨーコさんが出産の時に、何らかの医学的処置を施したとしか考えられない。

彼女は、そこまでして、息子の誕生日を愛する夫のそれに合わせた。なぜか? もちろん、ジョンが喜ぶからだ。と同時に、世間で話題になるということも、彼女はちゃんと計算していたに違いない。と言われている。

それにしても、ショーンを生んだ時、ヨーコさんはすでに42歳(ジョンは35歳)。しかも、それまでに最低でも2度、ジョンの子供を流産している。さらに、ジョンとの結婚は、彼女にとって3度目。前夫との間に娘もいる。相当無茶してると思うのですが。

恐るべき執念ともいえるが、彼女にとっては、それも一つのアート、エンターテインメントだったのかもしれぬ。
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by hibinag | 2002-10-09 15:18 | 05-1.Beatles

単なる皿状態

ポールのライブチケットの件。同行諸氏にメールで「来たぞ~」って連絡したのに、誰からも反応なし(今日現在)。やはり座席が気にいらなかったのでしょうか?

金曜日、”予習”のため、例の最新アルバム“Driving Rain”を買いました。つっても、出たのは去年の11月ですが(笑)。しかも

まだ聴いてないし。

いや、仕事しなきゃならなかったり、いろいろ忙しかったもので…ごにょごにゅ。

つか、ほんとに楽しみにしているのか私?<自詰問小一時間
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by hibinag | 2002-10-06 15:23 | 05-1.Beatles

涙の鑑賞券

来ました。

ポールおじさんのライブチケット。

気がつけば10月。あと7週間でマッカ・イン・大阪ドーム。まあ、「まだ7週間もある」って感じですが、あっちゅー間に来るような気もする。とりあえず、一緒に行く連中に連絡しようっと♪ 座席はどのへんだ?

(封筒から取り出し中)

お。
強制再入会させられたBCCの専用ケース(紙製)に入ってるぞ。






(引き続き取り出し中)






 出たっ!






え~っと、アリーナの69列。





69列?





………………





あの~、アリーナって全部で何列あるんですかね?





もしかして69列目って





最後尾なのでは?





許せ友&いとこの兄ちゃん。いや、私は何も悪いことはしてませんが。

嗚呼、ビートルズは遠くなりにけり<なんか違
この席に14000円とファンクラブ再入会の価値があるのかどうか、今私は激しく問いたい。誰に問えばいいかも含めて。
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by hibinag | 2002-10-03 15:25 | 05-1.Beatles