慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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カテゴリ:05-1.Beatles( 51 )

“伝説”と“今”

「ウチノカミサン! リンダデス!」

ステージで愛妻の腕を高く掲げながら、ポールはそう叫んだ。1990年3月5日、東京ドーム。彼が立っている場所がはるか彼方に感じられる1塁側スタンド3列目244番で、私はその声を聞いていた。

オーディエンスの興奮は最高潮に達した。つい今し方、5万人で大合唱した“Hey Jude”に鳥肌を立てたばかりなのに。

流れ出す切ないピアノの旋律。“アビイ・ロード・メドレー”の最終章を飾る“Golden Slumbers”のイントロ…。

中学2年生でビートルズに出会ったとき、ジョン・レノンはもう、この世の人ではなかった。その衝撃的な死があったから、とは一概に言えないかもしれないが、彼らはすでに“永遠の伝説”だった。

私がビートルズを聴き始めた頃は、ほかの3人の活動も極めて地味で、ポールはスティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンと共演したりしていたが、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったマイケルのほうが、どう見ても目立っていた。『ライブ・エイド』のポールは、どこかしら“往年のスター”という風情だった。ジョージやリンゴに至っては、どこで何をしているのかすら、よくわからなかった。

その頃の私にとっての彼らは、60年代の彼らがすべてだった。毎日のように聴き入っていたビートルズのレコードの中にいる彼らがすべてだった。20年も遅れて彼らの背中を一生懸命追いかけていた私に、“今”の彼らを受け入れる余裕はまだなかった。

だから、ポールがツアーで来日するらしいという噂を最初に聞いたときも、半信半疑だった。80年代、まったくツアーをやっていなかったこともあって、彼のステージを見る機会などあり得ないと思い込んでいた。

しかし、彼は本当にやって来た。そして、歌ってくれた。いや、そんなことよりも、自分がいるのと同じ空間に彼がいる―それだけで、すでにスゴいことだった。こんなことが本当に起こるんだと思った。

そして、その瞬間から、彼は私の元に降りてきてくれた。それまで、ずーっと上の方から聞こえていた彼の声が、もっと近いところから聞こえた。“伝説”は新たな生命を吹き込まれて、“今”に再び息づいた。10年近い歳月を経て、ようやく私は、“今の”彼を受け止めることができたのだった。至福の瞬間だった。

あれから9年が過ぎた。彼の最愛の“カミサン”リンダはもういない。彼は再びツアーを封印した。私は、彼のそんな“今”を受け止めている。あのとき、彼はこんな一節でコンサートを締めくくった。

“君の受け取る愛は、結局、君の与える愛に等しい”



※1999年、雑誌「プレジデント」の募集に応じて投稿した記事。採否の結果は聞かないでください(笑)。
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by hibinag | 2001-06-29 15:51 | 05-1.Beatles