慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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カテゴリ:05-1.Beatles( 51 )

The Next Generation

この日記に再三書いているので、ご承知のことと思うが、
私は20年来のビートル・フリークである。
コレクターではないので、そんなに大したアイテムは持っていないが、
レコードやビデオ、関連書籍などは、それなりに所有している。

そんな私の机の横にある、
上半分のほとんどがビデオで埋まった小さな本棚を指さしながら、サンが言った。

「これ、ぽーる?」

昨年の大阪ドームのライブの際、妻が教えたらしく、
彼は、自分の父親が「ポール」というミュージシャンが好きだと理解しているらしい。

彼自身、最近、公文式のCMで流れている「Hello Goodbye」がお気に入りらしく、
「これはポールの曲やで」と教えてやって以来、
CMが流れるたびに「ぽーる」と言うようになった。

そんなサンが指さしたビデオは、
確かにポールの13~14年も前のライブビデオだった。
ほぉ、顔だけで判別できるのかと、ちょっと感心。

「そうそう、これはポールや」と私。
すると、サンが思いがけない一言。

「ぽーる、みる」

ええっ、ホンマかいな。絶対飽きると思うけどなあ。
「Hello Goodbye」も歌ってないし。


私「ホンマ? ホンマに見るの?」

サン「ぽーる、みるの」


先日も書いた通り、超気まぐレストなサンのことだ。
話半分どころか1割にも満たないんじゃないかと思うが、
とりあえずリビングに移動し、ビデオをセット。
そーいや私自身、結婚してから初めてかもしれないぐらい、
このビデオはご無沙汰だ。

このツアーの時、私は大学生。
当時の悪友にチケットを無理矢理1枚譲らせて(もちろん金は払ったが)、
東京ドームに繰り出した。

1類側スタンドの最前列という、ステージのポールが
ゴマ程度にしか見えない席ではあったが、
その直前まで、元ビートルたちのライブ活動はほとんどなかっただけに、
感激もひとしおだった。

ポールもまだ40代後半。今から見れば若いよな…
ってサンはどこ行った?
まだ1曲目も終わってないっちゅーねん。

しかしまあ、今はこんなもんだろなあ。
でも、いずれ、「お父さん、このビデオ、ちょっと見せて」って
セリフが彼の口から聞けると、嬉しいだろなあ。
もしそうなったら、その時は一緒にポールのコンサートに行こう。

ポールが生きてたら(笑)。
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by hibinag | 2003-02-09 19:21 | 05-1.Beatles

ヨーコに告げ口

ビートルズのアルバムの中でも、「アビイ・ロード」のジャケットは特に有名だろう。その中でポール・マッカートニーは、右手に煙草を挟んでいる。

その写真を、米ポスター会社などが、最近の世界的な嫌煙傾向に配慮してコンピューター処理し、ポールの右手からタバコを消しているというのだ。ポスター以外のグッズについても、同様の処理が施されているらしい。

しかも、それだけにとどまらず、アルバムが再プレスされる際にも、ジャケット写真からタバコを取り除く動きもあるという。

これは由々しき問題である。「guessの勘ぐり」および「林檎の枝葉」で、クレジット表記の変更が「歴史の歪曲」になるかどうかという話を書いたが、今回のは間違いなくねじ曲げだ。これこそ、ヨーコさんは訴えるべきではないか?

新聞記事によると、ポールやリンゴ・スターの周辺からも、

「嫌煙団体からの圧力が強い。行き過ぎだとは思うが、喫煙が格好よく表現されてはいけないとの流れがある」

と、さも本人たちが言ったかのようにコメントが掲載されているが、仮にそうだとしても、あのジャケットはれっきとした一つの作品だ。単なる「レコードの入れ物」ではない。何者も(メンバーでさえも)そこに変更を加えることは許されないはずだ。作曲者の表記順を入れ替える話とは、根本的に異質な問題なのだ。

あのジャケットの裏面には、収録曲が表記されているのだが、実は、2曲目「Something」と3曲目「Maxwell's Silver Hammer」が入れ替わっている。要するにミスなのだが、それすらも「アビイ・ロード」という作品の構成要素なのだ。たとえ間違いであっても、勝手にイジってはいかん。
(ただし、国やプレスによっては正しい順序で表記されているものもあるという説アリ)

まして、あの横断歩道の写真の「右手に煙草を挟んだポール」は、有名な「ポール死亡説」の重要な”証拠”の一つとされている。

「ポールは左利きだから、右手に煙草を挟んでいる彼は、実はポールではない」

という他愛もない遊びではあるが、そんな遊びを可能にしたのは、ほかならぬ、あのジャケット写真なのである。

しかも、真偽のほどは定かではないものの、「ポール死亡説」はメンバー自身が仕組んだという説もあり、そうなると、煙草を消してしまうことは、メンバーが作品に持たせようとした意味合いを明らかに無視した愚行にほかならないということになる。そのあたり、どうなのよ?

つか、これは単にビートルズだけの問題ではないし、まして煙草の是非の問題でもない。「芸術」というものに対する一種の破壊行動に等しい。たとえが悪いかもしれないが、私には、タリバンがバーミヤン遺跡を破壊したのと同じに映るのだが。
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by hibinag | 2003-01-22 14:12 | 05-1.Beatles

林檎の枝葉

■オノ・ヨーコさん、ポール訴えるつもりなし?

「guessの勘ぐり」で取り上げたニュースの続報。DさんのBBSで教えていただいた。TORIさん、情報ありがとうございます。

記事によると、例の表記問題について、ヨーコさんはポールを訴えるつもりはないものの、クレジットを「Composed by Paul McCartney and John Lennon」と表記したことについて、「ビートルズの歴史を書き換えようとしている」と批判したらしい。

16日の日記に書いたとおり、初期においては「McCartney-Lennon」のクレジットも見受けられることから、その後、仮に「Lennon-McCartney」に「統一」することが「取り決め」られたのだとしても、それほど厳格なものではなく、せいぜい「口約束」程度のものだったのではないか、というのが私の憶測だ。

とはいえ、我々一般人からすると、長年親しんできた呼称は「レノン=マッカートニー」だ。これは、法的にどうとか、当事者の約束がどうとかいう次元を飛び越えた慣習、習わしみたいなものだ。それを今さら「マッカートニー=レノン」にしろと言われても、やはり違和感がある。

早い話、明日への橋を架けたのは「サイモンとガーファンクル」であり、「ガーファンクルとサイモン」では、どうもしっくりこない。同様に、仲良く喧嘩してほしいのは「トムとジェリー」であり、「怒るでしかし」は「やすし・きよし」であり、噂の刑事は「トミーとマツ」でなければならない。「なければならない」ってことはないかもしれないが、それが(ほぼ)万人の認知するところではないか。

ということで、仮にポールが「今後はマッカートニー=レノンでいく」と宣言したところで、我々はずっと「レノン=マッカートニー」と表現し続けるだろうし、それは大いに許されていい。たとえ「法的に」そうなったとしても、だ。

だが、それをもってして「歴史の書き換え」などというのは、いささか大仰に過ぎるだろう。例えば、ジョンの名前を完全に消去したとか、ポールが「Help! は僕が作ったんだ」などと主張しているのなら話は別だが、実際には彼が単独で作った「Yesterday」などにも、順序はどうあれ、コンポーザーとして、ちゃんとジョンの名を刻んでいる。

それに、ポールのアルバムにおける順序の入れ替えは、実はこれが初めてではない。76年に発売されたウイングスのライブアルバム「WINGS OVER AMERICA」。ここに収録されているビートルズ・ナンバーのクレジットも「McCartney-Lennon」だ。今回のヨーコさんの主張からすると、すでに「歴史」は書き換えられていることになる。

しかし、ジョンとポールがクレジットの順番でもめたなどという話を、私は聞いたことがない。当時は、活動休止中とはいえ、ジョンも存命中であり、もし異論があるなら、当然、何らかの発言があってもよさそうだが、おそらくなかったのだろう。

ということは、知っていて無視したか、あるいは知らなかったか、いずれにせよ、ジョンにとっても取るに足らない問題だった、とは考えられないだろうか。もし、表記の順序を変えることが「歴史をねじ曲げる」ほどの大問題なら、ジョンも看過できなかっただろう。いや、たとえジョンが黙認したとしても、それなら、当時からパートナーだったヨーコさんは何をしていたのか?

憶測はどこまでいっても憶測でしかないが、名前の順序ぐらいのことで、ビートルズの歴史が「書き換えられる」などということはないと、私は思う。そこに厳然とあるのは、間違いなくジョンとポールの2人あるいはどちらかが作り、ジョージとリンゴを加えた4人が演奏し、歌った作品群だ。そして、それらは今も、世界中で歌い継がれ、支持されている。

歴史とはつまり、そういうことだ。ビートルズが残した音楽は、そんなヤワなものではない。
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by hibinag | 2002-12-19 14:18 | 05-1.Beatles

guessの勘ぐり

■オノ・ヨーコ、表記問題でマッカートニーの提訴検討=米紙

何事かと思えば、名前の順番の話らしい。

いわく、ビートルズの楽曲におけるクレジット表記は「レノン-マッカートニー」が定着しているのに、ポールの最新ライブアルバム「Back In The U. S.」では、これが逆になっており、「40年前にジョンとポールの間で交わされた合意に反する」というのがヨーコさん側の言い分らしく、変更差し止めを求める法的措置を検討しているとか。

う~む、これはちょっと無理があるんじゃないかなあ。

ご存じのとおり、ビートルズの楽曲のほとんどは「レノン-マッカートニー」とクレジットされているが、実際には、2人が共作した曲はほとんどない。ただ、ビートルズとして発表する曲においては、どちらが作った曲であっても、この表記でクレジットするという「約束」はあったようだ。

ただ、順番に関しては、必ずしも「合意」していたとは思えない。現に、ファーストアルバム「PLEASE PLEASE ME」と、シングル「From Me To You」のクレジットは「McCartney-Lennon」になっている。よって、少なくとも、”コンビ結成”以来ずっと、「レノンが先、マッカートニーが後」という決まりがあったわけではない、と見るのが妥当であろう。

ただ、ポールもポールで、なぜ今になってわざわざ順番を引っ繰り返したのだろうか? 意図がよく分からない。一つ邪推するとすれば、かつての「ポール死亡説」みたいなのをでっち上げ、アルバムのセールスに結び付けよう、ということか?

だとすると、デキレース? もしかすると、近々、ジョンのベストとかも出るんじゃないのか? というのは、もちろん深読みし過ぎでしかないのだが。
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by hibinag | 2002-12-16 14:23 | 05-1.Beatles

素晴らしき別世界1


人は現実の中を生きている。と同時に、非現実な空間に生きたいという願望も持っている。そして、時々は、そんな場所に身を委ねようとする。

コンサート会場というのは、つまり、そういう気持ちの折り合いをつける場所の一つではないかと思う。

現実と非現実がナンセンスなら、日常と非日常でもいい。「ハレ」と「ケ」。私は今日、何百日ぶりかに「ハレ」の空間に身を置いたのだ。

2002年11月17日、大阪ドーム。開場は午後4時、開演は6時。だが、久々に会う人たちと話す時間も作りたくて、京都から来るいとこの兄貴と、中学からの友人Cと、梅田で2時に待ち合わせた。もう一人の友人Kは、所用で少し遅れるらしい。

外は快晴。このところの寒さはどこへやら、日差しが暖かく、気持ちいい。よりにもよって行楽日和だ(笑)。

待ち合わせ場所に向かう道すがら、ふとヘンなことが頭をよぎる。

ポール、風邪ひいたりしてへんやろなあ。

学生の頃、今はなき大阪球場の横を通りかかった時のこと。人だかりの中から、ハンドスピーカーを通した声が聞こえてきた。「本日のマイケル・ジャクソン公演は、本人体調不良のため、延期させていただきます」

まさかね。つか、そんなこと思い出すなよ。

兄貴&Cと合流。携帯電話がつながるよう、地上の店でお茶。学生時代、京都で暮らしていたCと、京都在住の兄貴がローカルな話で盛り上がる。初対面なのに(笑)。ま、兄貴は昔から気さくな人だし、だから友人たちと一緒でもOKと思ったわけだし。

小一時間後、Kから電話。彼の居場所からだと、梅田に来るより、そのままドームへ出向いたほうがよさそうだ。というわけで、ドーム近くで落ち合うことに。環状線で現場に向かう。

JR大正駅を降りるなり、「券余ってないか?」「券余ってないか?」攻撃。ダフ屋も当社比7割増の勢いだ。

予定より10分ほど遅れたが、無事Kとも合流。ダラダラ話しながら移動していると、すぐ近くで、「今からステッカーを配ります。ご希望の方はこちらへどうぞ!」との声。取り立てて欲しいわけでもなかったが、見ると、列はまだ15人前後。で、とりあえず並んでみたら、即ゲット。ラッキー。でも、どこに貼るの、これ?(笑)


軽く食事しておこうということで、周辺の店をうろうろしてみるが、やはりどこも混んでいる。

一旦、球場の近くまで階段を上がっていくと、すでに開場待ちの客でいっぱい。その前のグッズ売り場もまたしかり。振り返って、階段の上から下を見れば、さっき並んだ列は、文字どおり長蛇の列になっていた。「あんなになってたら、並ばんかったな」と言い合いながら、再び階段を降り、テイクアウトのサンドイッチなどを購入。仕方なく立ったまま食べる。

食べ終わり、再びグッズ売り場へ。お目当ては4人ともコンサート・パンフレット(単価2500円)だ。KとC、兄貴と私の二手に分かれ、人込みに紛れる。私は兄貴のお金を預かり最前列をめざした。

見ていると、パンフを買った人たちは、結構裸のまま持ち運んでいる。しかし、私は手ぶらで来ていたので、ビニール袋が欲しい。小さなバッグしか持ってきていない兄貴もしかりだろう。

ようやく最前列へ出て「2冊ください」とスタッフに告げる。そして、金を渡すタイミングで、「あ、袋、2つください」。

「あの、パンフレットをお買い上げのお客様には…」と明らかに難色を示すスタッフ。やっぱり。お一人様1枚どころか、まったく渡してないのか?

だが、なぜだ? 横に置いてあるじゃないか。袋はモノを入れるためにあるんだろう? 数が足りないおそれでもあるんだろうが、こっちだって、ないと困る。

何にせよ、人が押し合う状態の中で、ゆっくり議論している暇はない。こういう時は、基本的に押したほうが勝ちだ。流れを遮るように私は繰り返した。

「ほかの人の分もあるから、2つね」

「でも…」

ええい、素直じゃないなあ。

「ほかの人の、頼まれて一緒に買ったんですよ。だから、2つないと困るんよ」

私が一歩も引かない姿勢を見せたので、スタッフは渋々、袋を2つくれた。よし! 勝った! 勝ったよポール!

まあ、向こうにすればイヤな客だったかもしれないが、客の立場からすれば、間違ったこと、無茶なことは言っていないはずだ。売り物(パンフ)がたくさんあるんだったら、それに見合うだけの袋も用意しておくのが当然。それが足りないからと言って、客から見える位置に置いておきながら、渡すのを渋るというのは、いかがなものか。

というような話を兄貴としていたら、知らない中年男が寄ってきた。

「あの、ちょっとお聞きしてもいいですか?」

ん? 宗教なら間に合ってるぞ。私は今、幸せです。

「その袋、どこで手に入るんですか?」

なんてこった! どっちかっつーと袋のほうがプレミアつきかよ(笑)。

「そこの売り場でもらいましたよ」

決して「もらえます」と言ってはいけない。なぜなら、彼はもらえないかもしれないからだ。

と、おじさん、もっとすごいことを口にした。

「あ、売ってました?」

いやタダですって!

「いえいえ、もらったんですよ」

「そうですか。どうも」

う~む、何か間違ってるような気が。

グッズ売り場から少し離れた所で、あとの2人とも合流。すると、

「あ、この袋どうした?

なんや、君らもかいな(笑)。いくらライブ仕様のデザインだからって、値打ちこきすぎやぞ>袋
ただのビニールやっちゅーねん。でも、置いといたら価値出るかも<ヲイ


~つづく~
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by hibinag | 2002-11-17 23:59 | 05-1.Beatles

素晴らしき別世界2

~つづき~


5時が迫る。予定開演時刻まで1時間ばかり。いよいよ会場に入る。

アリーナへの階段を降りながら、急に気持ちが高ぶってくるのを感じた。後方からステージを臨む。あそこに、もうすぐポールが登場するわけやね。

さて、座席は既報のとおり69列目。アリーナ席は全部でだいたい80列前後か。やはり後ろから数えたほうが断トツで速い。トホ。でも、思っていたほどは悪くなかった。いや、決して強がりではなく。

席について間もなく、KとCが「ちょっと前まで見に行ってくるわ」と立った。開演まではまだ小一時間ある。荷物もあることだし、自分も後で、交代して見に行こう。兄貴と私は、席でよもやま話を展開していた。

20分ほどして2人が戻ってきたので、交代して前へ。ところが、警備の兄ちゃんに止められてしまった。

「チケットを拝見します」

「あ、チケット置いてきたわ」(マジ)

「申し訳ございません。ここ(40列)より前へは、チケットのある方のみお通ししております」

「ちょこっと見て、すぐ戻ってくるだけですよ」

「申し訳ありませんが…」

う~む、残念。今度は向こうのほうが正しいので、あっさり諦めた。KとCが行った時は、多少とも時間が早かったので、そこまで厳しくなかったらしい。ま、仕方ないね。何となく雰囲気は分かったし。

15分前、トイレも済ませて準備は万全。開演の6時を迎える。が、動きはなし。スタッフらしき人が、時々ステージに姿を表すと、あちこちで声援と拍手が起こる。会場に流れるBGMが途切れると、また拍手。何だか分からないが、ドキドキしてきた。

6時20分頃、ようやく客席の照明が落ちる。大歓声。だが、ポールはすぐには出てこない。バロックっぽいのや英国紳士風の衣装をつけた人、インドっぽい人、中国武術系、雑技団系、どう見ても勘違いしてるとしか思えない芸者風の女性…。

謎のプレ・ショー。”ALL YOU NEED IS LOVE”を想起させる地球型風船や大きな花の張りぼてや、「自由」「愛情」などと書かれた巨大提灯などが浮かんでは消えていく。

ポールの発案によるものらしく、おそらく「グローバル」みたいなことを表現したかったのだと思うが、オリンピックの開会式みたいで、凡人には理解できませんでした。

そんなのが延々20分ほど続き、一旦席を立った人の何割かが座った頃、ようやく中央のスクリーンにでっかいカールヘフナー(ポールのトレードマークであるバイオリン型ベース)と手を高々と上げるポールのシルエット! 一度落ち着きを取り戻していた客席が、再び揺れる。

スクリーンがゆっくりと上がり、その裏からポール登場。地鳴りのような歓声がドーム中から沸き上がる。


~つづく~
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by hibinag | 2002-11-17 23:58 | 05-1.Beatles

素晴らしき別世界3

~つづき~


※< >内は、発表時のアーティスト名/収録アルバム(またはシングル)/発表年

01.Hello Goodbye
<ビートルズ/シングル/1967>
オープニングは67年のビートルズのシングル曲。紅茶のおいしい喫茶店は出てきません(笑)。今、「公文式」のCMで使われているナンバー(あれは誰かのカバーだが)。そういえば数年前、ポール自身も公文式のCMに出てたなあ。

キーもテンポもオリジナルどおり。よく声が出ている。そのへんどーなんだろうと気になっていたのだが、まったく問題なし。スゴイわやっぱ。

02.Jet
<ポール・マッカートニー&ウイングス/Band On The Run/1973>
ポールのライブではお約束の曲の1つ。終了後、最初のMC。「オオサカ! モウカリマッカ!?」に場内爆笑。

私が散々コキおろした例のポール特番で、FM802DJの中島ヒロトが「9年前の福岡で”ノットウヤ!?”って言ったらしいから、大阪では”モウカリマッカ!?”って言うんじゃ?」と発言していた。それを聞いて、「アホなことを…」と思っていたのだが、ほんまに言うたでおい! しばし呆気にとられ、「ぼちぼちでんなあ!」と返すタイミングを逸した。つか、大阪でそんな挨拶してる人に、私はまだ会ったことがないんですけど(笑)。

ポールはとにかくサービス精神旺盛というか、ショーマンシップというか、客が喜びそうなことを、時にはくどいほどやりたがる人で、きっと事前に、大阪での「挨拶」を聞いておいたのだろう。その後もことあるごとに、「マイド!」「オオキニ!」を連発していた。最初のうちはウケていたが、そのうち「マイド、好きやなあ」という反応に。さすがのポールも、大阪人が笑いに厳しいことまでは知らなかったようだ(笑)。

ちなみに、初めて「マイド!」と言った時、私が「おおきに!」と返したら、周りの4、5人にウケた(笑)。やっぱ、礼儀として、振られたら返しとかないとね(笑)。最初しくじったしさ(笑)。

03.All My Loving
<ビートルズ/With The Beatles/1963>
2番で、私はコーラスのメロを歌った。つまり、ポールとハモった(笑)。

04.Getting Better
<ビートルズ/Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band/1967>
「ステージで初めて演奏するんだ」とポール。ややテンポを落としていた。この曲を初めて聴いた20年前を思い出し、それを今ライブで聴いているのかと思うと、感慨深かった。

今回のステージでは、スクリーンにMCの日本語訳を出すという新しい試みがあり、ポールがそれを説明。

どのタイミングだったか忘れたが、「ライブであることを証明しようか? 今から翻訳のスタッフが知らないことを言うよ」と振ると、スクリーンに「僕が飼っている猫の毛は緑色」と字幕。で、少し遅れてポールが「MY CAT…」(笑)。訳、先出とるやん! とツッコむところだが、おそらくわざとだろう。

いずれにせよ、あらかじめ決まったことを言っていたのか、本当に同時翻訳して文字入力していたのかは不明。

05.Coming Up
<ポール・マッカートニー/McCatney II/1980>
MCは「Everybody,boogie-woogie」。オリジナルよりはアップテンポだが、12年前、東京ドームで観た時と同じぐらい。アレンジもほぼ同じ。

06.Let Me Roll It
<ポール・マッカートニー&ウイングス/Band On The Run/1973>
これはウイングス以来の演奏では? 最初、レコードで聴いた時、声がどうしても沢田研二に聞こえた私は何なんでしょう?(笑)

07.Lonely Road
08.Driving Rain
09.Your Loving Flame

<ポール・マッカートニー/Driving Rain/2001>
この3曲が例の最新アルバムの曲。兄貴とCは聴いてこなかったらしい。私は朝からこの3曲だけをリピートして聴くという、一夜漬けにもならない超浅漬けで予習していたので、そこそこ楽しめた(笑)。つか、1曲ずつ切り出して聴いてみると、悪くないんだよね。それを再発見しただけでも収穫。

でも、周囲はやっぱ、固まってる人が多かったな(笑)。着席しないだけマシか。

09では、ポールは「これは素敵なヘザーの曲だよ。そう、オクサン!」と最後は日本語で。12年前の東京ドームでは、今は亡き前妻を紹介する時、「ウチノカミサン! リンダデス!」とやって拍手喝采を浴びていた。

10.Blackbird
<ビートルズ/The Beatles/1968>
「ここからは僕と君だけの時間だよ」とMC。ポールがアコギ1本で歌うコーナー。バンドのメンバーは退場。

「この曲を作った頃、アメリカでは黒人の市民権問題が起こっていたんだ」と言った後、また日本語で「ジンケンモンダイ」。いろいろ覚えてきたんやなあ。つか、この曲をわざわざ取り上げるあたり、そうしたことについて訴えたいという思いがあったのだろう。

11.Every Night
<ポール・マッカートニー/McCartney/1970>
これもアコギ1本でしっとりと。高校生の頃、兄貴の家で、私がギターのコードを鳴らし、兄貴がベースでアンサンブルしたことがある。その時のベースは今、まったく使われないままで、わが家にある。ああ、もったいない。

12.We Can Work It Out
<ビートルズ/シングル/1965>
これもアコギで。ビートルズのシングルとしては地味なんだろうけど、私は好き。このあたりからビートルズがアーティスティックになってきた気がする。アルバムには入っていないが、ちょうど「Rubber Soul」の頃。スティービー・ワンダーのカバー・バージョンもカッコいい。

13.You Never Give Me Your Money
14.Carry That Weight

<ビートルズ/Abbey Road/1969>
この2曲はメドレーで。サイケ調に彩られたエレピを演奏しながら歌う。もともと14の一部に13のメロが使われているので、メドレーも何ら違和感はない。

15.The Fool On The Hill
<ビートルズ/Magical Mystery Tour/1967>
引き続き、サイケ調エレピで。12年前、同じエレピを弾きながら歌い、その時は、歌詞に出てくる”round,round,round,round…”で、ピアノごと回っていたが、今回は回らなかった。前にやった時、酔ったんだろうか?(笑)

代わりにというか、オリジナルの「MAGICAL MYSTERY TOUR」のワンシーンを後ろのスクリーンに映し出し、最後はポールの目のアップで埋め尽くされた。ちょっと気色悪かった(笑)。

16.Here Today
<ポール・マッカートニー/Tug Of War/1982>
再びアコギ1本で。ジョン・レノンに捧げる曲として82年の「TUG OF WAR」で発表。物悲しい曲調と「you were in my song」の歌詞に、ちょっとウルッときた。

17.Something
<ビートルズ/Abbey Road/1969>
このツアーで取り上げた、自作でない唯一の曲。間もなく1周忌を迎えるジョージ・ハリスンのビートルズ時代のヒットナンバー。ジョージが得意だったウクレレを手に歌う。ちょっと不思議なテンポだった。

終わってから「ジョージがいたら、”違うよポール。こうだよ”って言うよ」と言って、アタマの部分をアップテンポで演奏。「こんなの、できないよ」という表情と仕草で、途中でやめた。

18.Eleanor Rigby
<ビートルズ/Revolver/1966>
ここから、再びバンド編成に戻る。クラシカルな重々しい曲で、後ろのスクリーンにも、オーケストラのような映像が映っていた。

19.Here There And Everywhere
<ビートルズ/Revolver/1966>
私がギターを触り始めた頃、初めてトライした曲の一つ。コードが簡単だったので、って私のことは別にいいですか?(笑)

20.Calico Skies
<ポール・マッカートニー/Flaming Pie/1997>
大阪ドームだけの特別演奏らしい。確かに、先日掲載した東京ドームのセットリストにはなかった。でも、なぜこの曲なのかは不明。

ま、でも嬉しいじゃないですか。97年のアルバム「FLAMING PIE」収録曲。私のイメージは「教会」なんですが。

それにしても、こういう小曲を作らせたら、ポールはほんとにうまいね。

21.Michelle
<ビートルズ/Rubber Soul/1965>
「フランスに行こうかぁ?」という日本語MCでスタート。スクリーンにはフランスの町並などの風景。

22.Band On The Run
<ポール・マッカートニー&ウイングス/Band On The Run/1973>
久々にライブのお約束曲。こういう変化と起伏に激しい曲も、またうまい。発表からもう30年になるけど、ちっとも色あせない。

23.Back In The U.S.S.R.
<ビートルズ/The Beatles/1968>
これもライブではお約束かな。ジェット音のSEが聞こえてきただけで歓声が上がった。コーラスがビーチボーイズのパロディーで盛り上がるし、演奏もしやすいのか、カバーもよくされてます。で、スクリーンには「ソ連」らしき映像が。

24.Maybe I'm Amazed
<ポール・マッカートニー/McCartney/1970>
これもライブでは定番の曲だが、なぜか日本では初登場。聞けて嬉しかった。ラストのアレンジも、私の好きなパターンだったし。

25.Let'em In
<ウイングス/Wings At The Speed Of Sound/1976>
これは、結構地味な曲だと思うんだけど、日本で人気が高いのか、よく演奏されるみたい。

26.My Love
<ポール・マッカートニー&ウイングス/Red Rose Speedway/1973>
「リンダに捧げる曲です」とMC。またウルッときた。こういうのがサラッとできるのって、素敵だと思う。

27.She's Leaving Home
<ビートルズ/Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band/1967>
バンドのメンバーが「ポール自身、このツアーで初めてやる曲だよ」と紹介。「Getting Better」もそうだが、「Sgt. Pepper's」の頃は、ビートルズはツアーをやめていたので、ステージでは初めてのものが多くなる。でも、その事情を知っている者としては、逆にそれが妙に感慨深い。ドラマーの大男が、前に出てきてコーラスに参加していた。

28.Can't Buy Me Love
<ビートルズ/A Hard Day's Night/1964>
「みんな、まだ元気かいっ!?」と日本語で。終盤、疲れてくる頃だけに、見透かされた感じで面白かった。つか、ポール自身も疲れてきてたかも(笑)。

29.Live And Let Die
<ポール・マッカートニー&ウイングス/シングル/1973>
マグネシウム焚きまくりの派手な演出は、ウイングス時代からのお約束。最後にドカーン! と上がった後、立ち上がり、演奏していたピアノにもたれかかって、両手を広げたり(いわゆる「Oh,no」ポーズ、って何がいわゆるなんだか)、立ち込める煙を手で払う仕草をしたり、胸に手を当ててしかめっ面をしてみたり。「心臓に悪いよ」とでも言っている感じで、相変わらずの茶目っ気が微笑ましかった。

30.Let It Be
<ビートルズ/Let It Be/1970>
私とビートルズとの出会いの曲。Kが、ある日の音楽の時間、授業が始まる前にピアノでこの曲の前奏を弾いた。それがすべての始まりだった。そのKは今、私の隣りの席にいる。20年が、一気に駆け巡る。不思議。

31.Hey Jude
<ビートルズ/シングル/1968>
これもお約束のオーディエンス大合唱。「Only men! オトコダケ!」「オンナダケ!」と客を煽る。女性客だけに歌わせている間は、片手を腰に、もう一方を頭の後ろにやり、腰をくねらせ「セクシーポーズ」。最後、客席を指さしながら「You're great!」を繰り返すのは、前と同じ。

私は、ここまでですでに歌い過ぎ叫び過ぎで、肝心の時に声が引っ繰り返りそうでした(笑)。でも、正直、大合唱は、12年前のほうが感動したな。前回は初めてだったのと、今回はそれを知っているだけに、期待し過ぎてたのかも。

ここで「第1部」終了。


~つづく~
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by hibinag | 2002-11-17 23:57 | 05-1.Beatles

素晴らしき別世界4

~つづき~


<アンコール1回目>
日章旗を手に登場。ステージの端まで行き、盛んに旗を振っていた。その後、ピアノの前へ。

32.The Long And Winding Road
<ビートルズ/Let It Be/1970>
オリジナルは前奏のない曲。軽くピアノを鳴らしてから歌う入り方は、やはり12年前と同じ。スクリーンには、歌詞どおり、長く、曲がりくねった道。

33.Lady Madonna
<ビートルズ/シングル/1968>
ギタリストが、オリジナルではサックスの部分を、ギターで演奏。おお、こんな音も出るのか! って、21世紀に生きてる人間がそんなことで驚いてはいけないが、この曲ができた68年当時に思いを馳せた時、技術はものすごく進歩して、でも、その時と同じ人がステージにいるという事実が、驚きとも喜びともつかぬ感情を沸き上がらせる。

34.I Saw Her Standing There
<ビートルズ/Please Please Me/1963>
「みんな、まだ元気かいっ!?」はこっちだったかも。記憶だけで書いているので忘れました。ほかにも、所々、間違いがあるかもしれません。

<アンコール2回目>
35.Yesterday

<ビートルズ/Help!/1965>
もちろんアコギ1本で。もうこれで聞き納めのような気がして、じっくり聞いた。ギターのピックガードが上に付いており(右利き用)、エピフォンのロゴが入っていた。表面が一部めくれており、相当古そう。ビートルズ時代のやつだったのかな?

36.Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band(Reprise)
<ビートルズ/Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band/1967>
37.The End
<ビートルズ/Abbey Road/1969>
最後はメドレーで。

曲に入る前、「もう帰らなくちゃ」に客席のあちこちから「No!」の声。もちろん私も言いました(笑)。

腕時計を指さし、次に手を合わせて、首を傾げながら頬の横に持ってきて、「寝る」ことを表す仕草(「帰って寝る時間だよ」という意味)をするポール。ビートルズの東京公演の時と同じだ。おそらく彼は、何十回、何百回と、この仕草をしてきたに違いない。

そして、ここ10年ぐらい、私が座右の銘にしている「THE END」の歌詞。
”and in the end,the love you take is equal to the love you make”
(結局、君が受け取る愛は、君が与える愛に等しい)
万感の思いでポールと一緒に歌った。

それにしても、ほんとにスゴかったよポール。37曲! 2時間半、ほぼ出ずっぱり! みんな言っていたが、ほんとに還暦なんでしょうか?(笑) 最近の写真を見るたび、さすがにおじいちゃんになってきたなあと思っていたが、ステージに上がると、あんなにも若々しくなるのだ。声も最後まで安定していたし、やはり、ただのおじさんではありません。これがプロというものなのかもしれぬ。改めて感服。

バンドのメンバーと手を取り合い、オーディエンスの声援に応えるポール。その姿を見て思わず「ありがとう!」と叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

ポールが元気で、日本に、しかも大阪に来てくれて、もちろん僕らもみんな元気で、ファンクラブからたまたまお知らせが来て、たまたま日曜日の公演があって(東京だったら平日だけだった)。

その前に、20年前、たまたま彼の曲に出会って、好きになって、どんどんのめり込んで、それを20年後の今も好きで、同じように好きでい続けた仲間がいて。

素晴らしい偶然の重なりに感謝。

人波に押されるように、会場の外へ出た。と、出入り口の脇で、例のビニール袋を無料配布!<当たり前だ
あるんやん。そんなオチ、つけてくれんでええっちゅーねん。

帰りはすごい人だった。ライブは9時15分頃に終了したと記憶しているが、梅田に戻った時には、10時を過ぎていた。家の遠い兄貴とCは、残念ながらそのまま直帰。Kと私は焼き鳥屋で1時間ほど飲んで帰った。

帰りの電車で、席に座ってパンフを眺めていると、向かいの席に座った夫婦らしき男女も、同じ袋を持っていた。「あの曲は、やらなかったね」などと話している。

ここにもまた、素敵な異空間体験をした人たちがいる。私は、その声を聞くとはなしに聞きながら、パンフを眺め続けていた。
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by hibinag | 2002-11-17 23:56 | 05-1.Beatles

赤青黄色

電車に坂本龍一の3枚のベストアルバムの中刷り広告があった。妙に気になった。しばらく見つめていて、はたと気づいた。

アルバムのジャケットだ。特にその色使い。

3枚のアルバムは、同じデザインで、それぞれ黄色

どこかで見た覚えがある。

などと回想するまでもなく、私はもう気づいていた。

これ、もしかして、ビートルズの赤盤青盤がモチーフなのでは?

ビートルズの「赤」「青」は、正式には「The Beatles 1962-1966」「The Beatles 1967-1970」という。タイトルどおり、彼らがメジャーデビューしてから解散に至るまでを前後半に分け、英国におけるすべてのシングルA面曲を中心に、代表曲をほぼリリース順に収録したもの。最初の発売は解散から3年後の1973年で、選曲には元メンバーのジョージ・ハリスンが関わったらしい。いずれも2枚組で、合わせて54曲(活動時の公式発売曲のほぼ4分の1)が収録されており、いわばビートルズの入門編として最適のアルバム。私も、最初に買ったのが、この2タイトルだった。

さて、上のリンク先で、これらのジャケットをご覧いただきたい。デザインはもちろん、写真の中味も、同じ場所で、ビートルズのメンバーが同じ配置で並んでいる。違っているのは4人の風貌だけだ。撮影したのは「赤」が1963年、「青」が1969年。場所は、彼らが所属していたレコード会社・EMIのビルにある階段である。

これは見事なコントラストだろう。ちなみに、それぞれの裏ジャケットには、互いの表ジャケットの写真が交換されている。つまり、「赤」の裏ジャケには「青」のジャケ写、「青」の裏には「赤」の表が配置されている。これを初めて手にした当時、中学生だった私は、もうそれだけでカッコいいと思ってしまった。よく考えれば、解散後に出たベスト盤であり、いわば「作られた」作品なのだが、それまで、そんな美しさをレコード(CDではない)に見出したことはなかったのだ。

坂本教授の今回の3枚は、これとそっくりでしょう? かたや時代順、かたやカテゴリー別と、分け方こそ違えど、おそらく教授自身の念頭にも、あの2枚があったのではないかと想像するのだが、どうだろうか。

ちなみに、ビートルズの「赤」のジャケ写は、ファーストアルバム「PLEASE PLEASE ME」のジャケ写のバージョン違い。もちろん、同じフォト・セッション時に撮られたものだが、よく見ると微妙に違う。

そして「青」のほうだが、これは69年にリリースされる予定だった
「GET BACK」というアルバムのジャケットに使われるはずだった写真である。当時のビートルズは、メンバー間でのいさかいや気持ちのすれ違いが絶えず、常にギクシャクしており、確実に解散へのカウントダウンが始まっていた。

69年初頭、彼らは新しいアルバム「GET BACK」の制作に入ったが、ダラダラとしたセッションが続くばかり。あまりのまとまりのなさに、デビューからずっとプロデュースを担当してきたジョージ・マーティンもサジを投げ、アルバムは空中分解。それでも、何とか形にしようと、グリン・ジョンズにプロデュースを託すが、1回目の編集はボツ。その後、収録曲をいじり「LET IT BE」とタイトルを変えるも、結局うまく行かず、ついにお蔵入りになってしまう。

そんな最中に、それでもジャケ写は撮影された。これは、いわば自身のファーストアルバムのパロディーであり、解散こそ明言してはいなかったが、おそらく4人とも「これが最後」という意識があったのではないか。だからこそのパロディー写真ではないかと、私は思う。

※下線部については後に「真相」が明らかになりました。
 「これだから、やめられない」の項を参照ください(05.11.29記)


だが、結局、アルバムは発表されず、ジャケ写も当然ボツになった。その後、彼らはもう一度集結し、後期の代表的作品と称される「ABBEY ROAD」を発表する。だが、「GET BACK」は、そのセッション/レコーディング風景が撮影されていた。映画として配給することになっていたからだ(本当は、それも二転三転しているのだが、ここでは割愛)。

おそらく、その関係で、「GET BACK」はどうしても世に出さなければならなかったのだろう。音源テープはフィル・スペクターの手に渡り、彼独特のサウンド・エフェクトによって「蘇生」された。それが、公式に発表された「LET IT BE」だった。

紆余曲折を経て、元の音源からかなり修復された形で、アルバムは一応、日の目を見たが、この時、なぜかジャケットは差し替えられた。そして、ようやく73年、「青」のジャケットに使用されたのである。写真を見比べると、どうやらこれもバージョン違いのようだ。

ともかく、こんな感じで、69年のビートルズは、かなりゴタゴタしていた。発売順では「LET IT BE」が最後にもかかわらず、「ABBEY ROAD」が「実質的なラストアルバム」とよく言われるのも、実はこんなところに理由があるのである。

ビートルズに話が偏りすぎた。坂本龍一に話を戻す。

例の3枚のうち、私があえて1枚だけ選ぶとしたら、「青」と少し悩んだ後、たぶん「黄」を取る(笑)。CM曲というのは、こちらが意識していなくてもどこかで聞いている可能性が高いから、「ああ、あれかあ」なんて言いながら楽しめそうだし、曲目リストによれば、不採用作品なんてのもあって、面白い。あの世界のサカモトがソデにされた作品って、どんなだろう? 聴いてみたい。

それに、50曲も入ってるから、お得感もありそうですし(笑)。
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by hibinag | 2002-10-25 14:33 | 05-1.Beatles

ポール特番に物申す

いやヒドかった。多少は想像していたし、あまり期待はしていなかったとはいえ、ほんとにヒドかった。

読売テレビ(以下YTV)とFM802が、同時生放送した「ポール・マッカートニー BIG WELCOME TO OSAKA スペシャル」。FM802では深夜1時から、YTVでは1時20分から朝5時までのオールナイト放送。司会はFM802のDJ・中島ヒロト、歌手・ちわきまゆみとYTVの局アナ・中元綾子。

まず、何がヒドかったって、この中元ですわ。こいつは曲者です。巨人・元木なんて目じゃない。なんせポールが左利きであることを知らないのだから。

いや、1万歩譲って、それは、広い世の中を探せば他にもいるかもしれないが、ポールの特番の仕事をやることはずっと前から分かっていたはずで、それなら多少は予習しておくもんじゃないのか?

予習といっても、そんな大仰なものじゃない。ポール・マッカートニーとはどんな人物か、詳しい人にでも聞いておけばすむ話である。そうすれば、彼がサウスポーであることぐらい、すぐ分かるはずだ。写真を見れば一目瞭然なんだし。

そんなことすらせずに本番に臨んでいたのだとすれば、ポールにも視聴者にも他の出演者にも失礼だ。つか、仕事に対して失礼じゃないか。それでもプロか。

しかも。

「左(で演奏するギタリストやベーシスト)って珍しいんですか?」って、音楽全般に知らんやん!

天然キャラなのはいいとしても、YTVのHPで見ると、もう30歳やん! 「え~、わかんな~い」で済まされる齢ちゃうぞ。どうしてもできないなら、引き受けるなよ。そうでなくても、早朝のレギュラー番組に出るっていうし、無理して出てくる意味ないやん。

きっと、中島・ちわきコンビだけだとFM802だけになっちゃうから、 YTV色を画面に出すために局アナを起用することになったんだろうが、これは明らかにミスキャストである。また、労働体制の面から見ても問題じゃないか?

などと思っていたら、番組が中程を過ぎた頃、なぜか「夜食タイム」が始まった。メニューはすき焼き。「ビートルズが来日した時、ホテルで食べたのがこのすき焼きで…」とか言ってたけど、まるで脈絡がない。つか、単にお前らが食いたいだけちゃうん!とか思ってたら、また中元がかましてくれました。

「すき焼きって、その頃(ビートルズ来日時)からあったんですか?」

さすがに、これにはスタジオ中が爆笑。もちろん、その中味は失笑です。これを見て、私は彼女が真性ヴァカであることを確信した。

話が前後したが、番組の中味はというと、ポールのビートルズ時代やウイングス時代、ソロ時代のプロモを流しつつ、ゲストがトークしたり、ミュージシャンのVTRコメントを流したりというもの。

ですが。

はっきり言って、ゲストのどうでもいい話が多すぎる。ビートルズやポールにまつわるウンチクとか、最近のライブの情報とか、そんな話なら大歓迎だが、そいつらとビートルズ(ポール)との出会いの話なんて、別に聞きたくない。

さらに、ゲストのミュージシャンたちがビートルズやポールの曲を演奏するコーナーがあったりしたのだが、これらもまったく不要。これはポールの特番であって、そいつらのライブの番組じゃない。そんなことに時間を使うぐらいなら、ポールのプロモやライブ映像を1本でも多く流すべきでしょ。どうしてもやりたいんなら、そいつらの特番でやればいい。俺は見ないけどさ。

肝心の選曲もヘンだった。「ポール来阪のための盛り上げ特番!」とか言ってる割に、“Please Please Me”流すなよ。それはジョンの曲やっちゅーねん。

以下、プロモやライブ映像に関する不満の数々。

●ウイングス時代の“Band On The Run”。曲の途中からやるな!

●“Yesterday”~“Here,There And Everywhere”。視聴者からのリクエストに応える形で、ポールの84年公開の映画“Give My Regards to Broad Street”のシーンを放映。が、このメドレーの後には、もう1曲、“Wanderlust”というバラードが続く。その3曲が揃って初めてきれいにまとまるのに、いきなりブチッとVTRを切るな!

●「ビートルズやポールをよく知らない人のために」、番組が作った「ビートルズ・ヒストリー」。ビートルズやポールをよく知らない人が深夜にこんな番組を見るのかどうかが基本的に疑問だが、まあそれは大目に見るとして、それなら正しい情報を伝えてほしいものです。

●ドイツ・ハンブルク時代のくだりで「初めてレコーディングしたのは、今流れている“My Bonnie”」って、流れてたのは“You Can't Do That”なんですけど!?

●それに、“My Bonnie”は、ビートルズはバックバンドとしてレコーディングに参加しただけ。「彼らの」レコードを録音したわけではない。

●“All You Need Is Love”(1967年)のバックに映画“A Hard Day's Night”(1964年)の“You Should Have Known Better”のシーンを流すのはどうよ?

●しかも、“All You Need Is Love”の映像がないための苦肉の策かと思いきや、VTR終盤の“Let It Be”のバックに流してるし。

●そして、「ヒストリー」のVTR明けに、曲者改めヴァカ者中元が超爆弾発言。

「すごいですねえ…。ビートルズよりすごいミュージシャンっているんですか?」

ゲストの萩原健太氏(評論家・ミュージシャン)に「ちょっと、そこ座れっ!」って怒られてました。当然だ(笑)。

●最近のUSツアーのライブ映像が少しだけあった。これは○。「そうそう、こういうのを期待してんだよ」とか言いながら見ていたら、“Band On The Run”、途中でカット。おいおい!

●しかも、番組終盤で”続き”を流してた。なら、初めから通しで流せって!

●“Maybe I'm Amazed”を「1977年」と紹介。が、正しくは1970年。音源はもちろん、映像から見ても、70年とするのが正しい。同曲は、76年の全米ツアーを音源とする3枚組ライブアルバム“Wings Over America”から77年にシングルカットされており、おそらくそれが原因でこうなったのだろうが、そんなにマニアックな話ではなく、はっきり言って勉強不足である。YTVはともかく、802がこれじゃあなあ…。

●「“Hey Jude”のプロモはないんですよ」と言っていたが、あります! ビデオ“Anthology”にも収録されてます。おそらく版権か何かの関係で放送できないというのが本当のところだろう。

●と思っていたら、「というわけですので、ゲストの皆さんの演奏で」ってまたかよ! 進行役の3人もコーラスに加わって、そりゃアンタらは楽しいかもしれんけどさ。

●終盤に発表されたリクエスト・ランキング。こういう発想自体が貧相だが、ここではあえて触れない。

その第5位、「フィルム・ミュージック・メドレー」。 これは、たしか1982年、ビートルズのデビュー20周年を記念して発売された、彼らの映画で使われた曲を集めた企画モノアルバム“Reel Music”のプロモーション用に発売されたシングルで、アルバム収録曲のうちの7曲を編集してメドレー形式にしたもの。おそらく現在は廃盤になっているはずで、かなりマニアックな代物といえよう。到底、ポールの全キャリアの5番目にくるようなブツではない。

5位のくせに5票(ちなみに4位は39票)しか入っていないところからも、「ありもんフィルム」で済ませようというYTVの策略が透けて見える。

●3位の“Back In The U.S.S.R.”は突然、途中から始まって、あっと言う間に終わった。実に荒っぽい見せ方だ。放送時間の関係か?

●と思いきや、1位まで発表した後、さらに2曲ほどやってたし。謎。

●2位は“Love Me Do”。これもあり得ない。しかも番組冒頭で流れてたのと同じフィルムだぞ。

●つーか、1位~5位、全部ビートルズじゃねーかよ!

とまあ、終始こんな具合で、トータルで言えば、実にくだらない番組だった。ポールの最新ライブやインタビューなど、おいしいシーンもあったのに、少なすぎる。せっかくボストンまで取材に行ったのに、何やってるんだ?

もっとも、日本のこの手の番組って、ほんと、こんなのが多い。誰に何を見せたいのか、ターゲットとベクトルをきちんと定めないから、出演者のマスターベーションを公共の電波に乗せるような番組になってしまう。

この番組が放送されることを教えてくれたのは、ポールのライブに一緒に行く予定の友達。彼はメールに「これ見て予習する」とか書いていた。だが、こんな内容では、予習になどなり得なかっただろう。かと言って、もちろん復習にもならないわけで、つまり大部分は何の役にも立たない。さぞかし気分が悪かっただろう。心中を察するに余りある南出であった。
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by hibinag | 2002-10-14 15:03 | 05-1.Beatles