慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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カテゴリ:05-1.Beatles( 51 )

ひろいもの

ミクシでええもん見つけたので、自分のために置いてみたり。

■I Feel Fine

■Tomorrow Never Knows

■Glass Onion

■Come Together

(注)リンク先は音が出ます。
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by hibinag | 2006-07-06 23:07 | 05-1.Beatles

It was 40 years ago today

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今年はビートルズ来日40周年なのである。
で、40年前の今日、彼らは初めて日本の土を踏んだのである。
で、その翌日、日本武道館で初めてロックのコンサートが行われたのだ。

ビートルズを特集した雑誌だとか写真集だとか出回るみたいで、
先日も何気にNHKをつけたら件の日本公演を撮影した浅井慎平が出ていて、
ビートルズの音楽やら、日本に与えた影響やらを喋っていた。
当時からビートルズに熱狂していた人たちへの取材なども挟みつつ。

私は日本公演の時はまだ生まれていなかったし、
物心ついた時にはビートルズはとっくに解散していたし、
ビートルズをちゃんと聴き始めた時には、すでにジョンは鬼籍に入っていた。
だから、彼らが感性の部分で持っているビートルズへの思いは共有できない。

私だって、ビートルズを一番熱心に聴いていたのは高校生の頃で、
いわゆる青春時代森田公一とトップギャランだったわけだが、
20年以上も後から追いかけざるを得ない状況では、
音楽としての心地よさやら面白さやらは摂取できたとしても、
そいつらにまとわりついていたはずの「空気感」は絶対に触れない。
それは「時代」というものに付属し、あるいは「時代」そのものを形成するものだから。

だから、この手の雑誌を見ても、
一種の歴史読本の感覚を持ってしまうわけだけれども、
遥か遠くの異国の若者たちが、この東洋の国で40年も語り継がれ、
聴き継がれ、歌い継がれていることは、やっぱりちょっと普通じゃないんだろうな。

ちなみに、40年前というと、サッカーW杯でイングランドが優勝した年である。
今年、イングランドはそれ以来の優勝を目指しているわけだが、
当時のことはよく知らないけど、今と同じ時期に大会が開かれていたのだとしたら、
もしかしたらビートルズの面々は、東京のホテルの一室で、
母国の代表チームの試合が観られないことを嘆いていたかも、などと
先日、ベッカムのフリーキックを観ながら、ちょっと思ってみたりしたのだった。
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by hibinag | 2006-06-29 00:36 | 05-1.Beatles

梅田道路

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29日にオープンする「ギャレウエスト」の広告。
明らかに「アビイ・ロード」のパクリなわけですが、
横断歩道を渡る4人の服装が、何気に本家っぽい。

と思ってよく見たら、
“ロンドン「アビーロード」横断ツアー”云々とか書いてあるな。
てか「横断ツアー」て(笑)。
いや、この際、笑ってないで当てに行くべき?

それはさておき、3番目の女性だけ出す足が逆で、
裸足だったら言うことなかったんだけどなあ。
惜しい。
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by hibinag | 2006-04-26 14:46 | 05-1.Beatles
■ビートルズ:「幻」の蝋人形 24日から東京タワーで公開(毎日新聞)
1967年に発売されたビートルズのアルバムジャケット撮影で
使われた本人たちのろう人形が24日から、世界で初めて
東京都港区の東京タワー蝋人形館で公開される。
昨年、約40年ぶりに発見された「幻」の人形で、
ビートルズ世代から若者のファンまで心を熱くしそうだ。

ろう人形はアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・
ハーツ・クラブ・バンド」で使った。
人形を作製した英国・マダム・タッソー蝋人形館の倉庫で
昨年、人形の頭部が発見された。
東京タワー蝋人形館を経営する会社がオークションに
出品されたろう人形を約1500万円で落札した。

同館は「ビートルズを生で知る人は若いころを思い出して、
知らない人にももっと身近に感じてほしい」と期待を込めている。
展示は5月28日まで。無休で入場料は500円。


引用だけで終わるのも何ですので…つづきはこちら
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by hibinag | 2006-03-27 12:31 | 05-1.Beatles
このCDジャケット
明らかにビートルズの「LET IT BE」のパロディーなわけだけど、
「LET'S BEGIN」はないよなあ。
ビートルズで最も「終わってる」アルバムなのに。

このジャケ写自体、全員で写真を撮るのが困難なほど
4人の間がギクシャクしてたから、こういう形になったわけで、
周囲の黒枠のせいで「葬式写真」とまで言われたりするのに。
いいのかねえ。余計なお世話だけどさ。

こういうの見るたびに、「分かってねえなー」と思ってしまう。
まあ、私も分かってないことだらけなんで、他人のことは言えませんが。
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by hibinag | 2006-03-03 12:24 | 05-1.Beatles

埋められないピース

今日はジョン・レノンの命日。
正確に言えば、日本時間では9日なんだけど、
ニューヨーク現地時間では8日の、確か22時50分…だったかな?

もう、あれから25年になる。
そうか、そんなに経つのか…という感慨は、実は私には薄い。
というのは、その頃の私はまだ、ジョンのことをよく知らなかったからだ。
私がビートルズにハマり出すには、ジョンの死から1年と少し、
時計の針を進めなければならない。

つまり私は、ジョンの死をリアルタイムでは知らない。
いや、「事件」としては知っているし、当時よく聴いていた
関西ローカルのラジオ番組で、速報を聞いたパーソナリティが
大騒ぎしていたことも記憶の片隅にはある。

だが、当時の私にとって、それは単なる「有名人の死」でしかなかった。
当時の私には、その悲報の主人公が、これほどまで私の人生に深く関わる
存在になるとは、全くもって予想だにしていなかったのだ。

すごくおかしな言い方だが、私はそれが、すごく悔しい。
今でもどこかで、その気持ちを引きずっている。
「間に合わなかった」。
ジョンを思う時、その種の後悔にも似た感情が、どうしてもついて回る。
彼の死を衝撃的に受け止める機会を逸した事実、
その喪失感の大きさを腹の底から実感できない自分がもどかしい。

もちろん、それができていたからといって、事実は何も変わらない。
私が今ぐらいジョンのことを身近に感じていたとしても、
彼を凶弾から救うことなど、できたはずもない。
後悔は、私の独りよがりな思い込みにすぎない。

それでもしかし、私の心の中にあるビートルズのパズルには、
一生埋めることのできないピースがある。
そんな思いに囚われ続けながら、20年以上の月日を流してきたのだ。

Just like Starting Over.

5年にも及ぶ活動休止からの再出発への宣言は、
そのままレクイエムとなった。
当時、よく知らなかったはずのメロディーを耳にするたび、
私の心の奥は疼き、鼻のてっぺんがツンとしてくる。

12月8日は、今年も寒い。

【蛇足】
今日は太平洋戦争開戦、すなわち真珠湾攻撃の日でもある。
だが、こちらは現地時間だと7日。
つまり、ジョンの命日とは1日ズレているのだ。
戦争は日本基準、海外スターの死は現地基準。
もちろん時代背景の違いなのだが、一方が一時期
熱心に平和の歌を歌ってきた人だけに、対比が興味深い。
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by hibinag | 2005-12-08 22:49 | 05-1.Beatles

これは門題だ

以前触れた「ストロベリー・フィールド閉鎖」の話。
たまたまあるサイトを覗いたら、「2年後閉鎖、取り壊しになるらしい」とあった。

う~む、取り壊しかあ…。
私はあんまりブツには執着しない方だけど、そうなったら残念だ。

そのサイトではリバプール市に対するネットでの署名を呼びかけていた。
しかし、私はどうも気が進まない。
署名という行為そのものに対してもそうなのだが、
この場合、署名しなきゃ残してもらえない程度のものなのか? という
無念が支配してしまい、何となくガックリきてしまうのだ。

かつて私は1度だけこの地を訪れたことがある。
リバプールの中心・ライムストリート駅からバスに乗り、
運転手に「ストロベリー・フィールドに行きたい」と告げると、
「着いたら教えてやるから、後ろで座ってな」と言われた。
目的のバス停で降りると、今度は道行くおばあさんが寄って来て、
「ストロベリー・フィールドに行くのかい? なら、その坂道を
登っていけばいいよ」と、聞きもしないのに親切に教えてくれた。

つまり、地元の人は誇りに思っているのだ、たぶん。
まあ、古今東西、行政というのは時にわけの分からんことをするものだが、
あれはもう、立派な史跡であり、貴重な観光資源なのだ。
それを自らの手で壊すなんて勿体ないにも程がある。
マータイさ~ん!<違

そうだ。
地元が保存する気がないんなら、もういっそのこと日本に移築しよう。
晩年、ジョンは毎年のように日本を訪れていたし、
奥さんが日本人であることは言わずもがな。
誰もが思いつきそうな埼玉のレノンミュージアムもいいが、
軽井沢の万平ホテルの敷地の隅とかにあったら、似合うと思うけどなあ。

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by hibinag | 2005-06-02 16:22 | 05-1.Beatles

Nothing is real

ビートルズの楽曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の
題材となったリバプールの孤児院が閉鎖されるらしい。

閉鎖そのものについては、正直、何とも言えない。
利用や運営の現状を何も知らないのだから。
閉鎖されるというからには「現役」ということなんだけど、
正直、そんなことすら知らなかったし。

けど、建造物、特にあの門と門柱がどうなるのかは気になる。
というより、ぜひ残してほしい。

孤児院そのもの(ストロベリー・フィールド)は閉鎖されても、
その場所に「空間」さえあれば、「ストロベリー・フィールズ」は永遠だ。

天空の彼方で、ジョンもきっと歌っている。

「ストロベリー・フィールズに行こうぜ。
 すべてが幻想。リアルなものなど、何もない所さ」


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by hibinag | 2005-01-13 17:24 | 05-1.Beatles
ビートルズの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」が、インターネット上の調査で
「これまでで最悪な曲」の1位になったらしい。

調査には1000人以上が参加したらしいが、どこの国で、
どういうターゲットに行われたのか、記事では判然としない。
トップ10(と記事中では表現されているが、趣旨からすればワースト10だろう)の
ラインアップにクリフ・リチャードなんて入ってるから、
おそらく英国での調査なんだろうけど。

同曲は1968年発表のいわゆる「ホワイト・アルバム」に収録。
当時、ビートルズの曲は本国イギリスのフォーマット通りにリリースすることが
協定で決められており、各国で勝手にシングルカットできなかったのだが、
この曲は、いくつかのカバーバージョンが発売されてヒットしたため、
日本では例外的にシングルカットされた。
そのためか、後に学校の音楽の教科書にも掲載されるほど、
日本では親しみのある曲だ。
最近では、ホンダ・ステップワゴンのCMでもお馴染みである。

一方で、レコーディングでは作者のポールが何度となくリメイクを繰り返し、
ジョンが相当苛立っていたとか、ギクシャクし始めていたバンドのエピソードが
ついて回る曲でもある。

で、この曲が「最悪」かどうかであるが、
どういう形であれ、調査でそう判定した人が多かったのだから、
それをどうこう言っても仕方ないだろう。
ただ、何でこの時期にこの曲がそれほど多くの「支持」を集めたのかは疑問だ。

先に見たように、日本ではビートルズの中では比較的馴染みのある曲だが、
所詮アルバム(しかも2枚組)の中の1曲にしかすぎない作品であり、
もっと有名で、もっと票を集めそうな作品(本当に最悪か否かは別として)は
他にありそうな気がする。

個人的にも、この曲が「ビートルズの」最悪作品だとは思わない。
特に好きな曲というわけでもないけど、
ビートルズにも、残念ながら駄作と思える作品はあるからね。

<蛇足>
この曲にはデズモンドとモリーという人物が登場するのだが、
私は昔、日本の音楽のテキストに「太郎と花子」という
訳詞が載っているのを見たことがある。とほほ。
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by hibinag | 2004-11-13 17:26 | 05-1.Beatles

瓦解と解放

ポール・マッカートニーのライブ番組を観た。
といってもビデオで。
先月、NHKのBSで放送されたものを義母が録ってくれたのだが、
ずっと観るタイミングを逸していた。

感想はというと、演奏シーンが途切れ途切れで、
フルコーラス入っていたのはたったの3曲しかなく、
「ライブ番組」としてはイマイチと言わざるを得ない。

しかし、「ドキュメンタリー番組」としては結構よかった。
どこの製作だったかちゃんと確認しなかったが(おそらくはBBCあたり?)、
ライブ映像の合間に、ビートルズが体制から「敵視」されていた旧ソ連時代を知る
ロシアのミュージシャンや反体制運動家、政治家、
文化人などのインタビューが挿入され、
口々に「ポールが赤の広場で歌う感動がどんなにすごいものか」を表現していた。
いや、むしろ、こうしたインタビューの合間にライブ映像が挿入されていた、
といったほうが的確かもしれない。

その中で興味深かったのは、「レントゲン写真のレコード」の話だ。
レントゲン写真を加工すると、音を刻むことができるらしく、
旧ソ連時代、病院で使用済みの写真を回収する商売が流行ったそうだ。
ミュージシャンの一人は、「折れた骨が映っている写真をプレーヤーに乗せて、
よくロックを聴いたものさ」
と話していた。
旧体制下でロックのレコードを手に入れることが
如何に難しかったかを雄弁に物語るエピソードだ。

そうした苦難の時代を経て、憧れのロック・スターのステージを目の当たりにした
中年のオーディエンスの中には、
涙を浮かべながらビートルズ・ナンバーを口ずさむ人もいた。
カメラがその姿をとらえた時、こちらまで涙腺が緩んだ。

旧ソ連の瓦解によってロックを聴く自由を得た人々。
一つの対立軸の崩壊が「解放」をもたらした。
そして今日、「9.11」からまる3年――。
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by hibinag | 2004-09-11 17:28 | 05-1.Beatles