慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

このユル過ぎる世界

今日も新聞から引用。
記事っつーか、コラムなんだけど。


■記者ノート:PTAでも(毎日新聞)

親たちの身勝手さは、やはり深刻らしい。

東京都の中学校でPTA役員を務める知人が嘆いていた。
今年度も新しい役員を選ぶことになった。
立候補したり現役員の推薦に応じる親はなく、くじ引きで決めることになった。
すると母親の一人が訴えた。
「仕事があるからくじに当たっても絶対に引き受けられない」

今では多くの母親が仕事を持ち、PTA役員を断る理由としては、認めてもらえない。
くじ引きの結果、運悪く、その母親が引き当てた。
それでも涙声で「なんで私なの。当たってもできないんだからっ」と言い張った。
結局、別の人が引き受けるはめになった。

過去、役員に選ばれても出てこない無責任なケースもあったという。
PTAのあり方に不満もあるだろう。
しかし、保護者としてふさわしい振る舞いが必要だ。

知人は「『仕事』もあやしい場合がある。テニス教室など趣味には時間を使うのに
学校には文句ばかり言い、何もしない。トホホな親が増え困る」と訴える。
「非常識」の波は教師だけでなく、同じ親たちにも押し寄せている。



サンが通っている小学生でも、PTA活動はもちろんあって、
妻は何やら役を引き受け、週に1回ぐらいのペースで学校に行っているようだ。

聞けば、「1回引き受けておけば、後は卒業まで免除される」のだそうで、
今のうちにやっておこう、という計算も働いたようだが、
ともあれ、自ら手を挙げた以上、積極的に関わろうとしているのが分かる。
おかげで、妻を通して学校の様子をそれなりに知ることができ、私としてはありがたい。

しかし、中には、この手の活動に参加することを頑なに拒む人もいる。
先に引用したような「仕事」とか、下に小さな弟妹がいる場合の「育児」とか、
やむを得ない事情を抱えているケースもあるが、
性格的に馴染めないとか、面倒だからとか、超パーソナルな理由の場合もあるようだ。

私も、どちらかと言えば面倒くさがりで、避けて通れるならそう願いたいクチだが、
そうは言っても、どうしても引き受けざるを得なくなる状況というのはあるもの。
そんな場合は、仮に渋々であったとしても、やらなきゃならない、とは思っている。
そういう覚悟、と言うと大袈裟かもしれないが、そんな感じの意識は、
普通の人なら、ある程度は持ち合わせているものだろうと思う。

先のコラムで言うなら、「くじに当たってしまった」状況が、まさにそれ。
ここまで来たら、さすがにもう引き返せないと思うのが、ごくごくノーマルな感覚だ。
と思っていた。

そうした「覚悟」と同時に、人には「恥を知る」という「美意識」があるべきで、
こんなことをしたら(言ったら)恥ずかしい、人にどう思われるだろうか、
という身の律し方というものが、本来あるはずだと思う。
いい意味で、適度に他人の目を気にするという所作があってしかるべきで、
それがなくなったら、極端な言い方をすれば、社会の秩序なんて壊れてしまう。

「仕事があるから引き受けられない」と主張すること自体は、別に間違ってはいない。
しかし、消極的にであっても、「くじを引く」という行為に至った以上、
そして、「運悪く」当ててしまった以上、その結果に潔く従うのが道理ではないか。

本当に抜き差しならない理由で、どう考えても無理だというのなら、
この母親は、くじ引きに参加する前に他の父兄を説得しなければならなかった。
「負けたから、この試合は無効」などという愚かな主張を、誰が聞き入れるのだろう?
そんなのが許されるのは、コンピュータ相手のゲームぐらいだよ。

私自身、あまりエラそうなことを言えた義理ではないけれど、
他人の目を気にし過ぎない人が、本当に多いと感じる。
往来の真ん中で立ち話に興じる奴、ケータイメールをしながらのろのろ歩く奴、
人の通り道に座り込む奴、電車が駅に着いてもドアの前に立ち続ける奴…。
おそらく誰もが、日常的に目にする寂しい光景。

せめて公共の場にいる時ぐらい、もうちょっと周囲の目を気にしようよ。
マナーとか潔さとかって、そういうところから始まるものなんじゃないのかなあ。
[PR]
by hibinag | 2007-07-23 23:53 | 03.主張