慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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「教育の一環」というのなら

少し前の話題だが、前からちょっと気になっていたことを。

全国高校ラグビーで優勝した東海大仰星高校。
終盤、リードを広げた時点で、4日前の試合で骨折したレギュラー選手が出場した。
以下、大阪日刊スポーツより引用。


3日の準々決勝長崎北戦で右足首を骨折したWTB北野が、後半ロスタイムに途中出場した。
右足はスパイクごとテーピングで固定。左足で踏ん張りながらピッチへと飛び出す姿に観客も
驚いたが、北野は「みんなが出してやるって言ってくれたんで、それを信じていた。夢が叶った」
と仲間に涙ながらに感謝。土井監督も「高校教育の一環として出してやりたかった。勝負には
厳しさも必要だが、愛情で育てるのもいい」と言葉を詰まらせた。



頂点への道半ばで不運に見舞われた主力選手。
高校最後の試合でもあり、優勝を決める瞬間にグラウンドに立たせてやりたい。
その気持ちはよく分かる。



しかし、私は引っかかる。
試合には、必ず相手が存在する。
たとえ追いつき追い越すのに不可能な点差がついていようとも、
最後まで全力で、フェアな精神をもってゲームに臨んでいる相手が。

試合はすでにロスタイム。
北野選手登場の時点で19-0。
東福岡高校の勝利の望みは、ほぼない。
しかしそれでも、ノーサイドの瞬間まで、彼らは全ての力をゲームに注いでいたはずだ。
東福岡の3年生にとっても、これは高校生活最後の試合のはずなのだから。

共に苦労した仲間への思いやりは美しい。
それは否定しない。
しかし、負傷した脚を引きずり、満足に歩くこともできないプレーヤーを戦いの場に送り出すことは、
相手に対しての配慮がいささか欠けるのではないだろうか。

本人やチームメートは高校生。
若さゆえの熱さが、そんな思いへと傾いたとしても致し方なかろう。
だが、いや、だからこそ、指導者である大人は、それを諌めるべきではなかったか?

誰に罪があるわけではない。
だが、勝者として輝く瞬間にこそ、敗者、弱者への思いやりを持ってほしい。
ケガで出場できない選手の無念は察して余りあるが、
その悔しさ、辛さと、それに耐える心こそが、彼の将来への糧となるはずだ。

「お前らの気持ちは分かる。だが、相手への礼を失するな」

選手たちの、人としての未来を思う時、
そう言って諭すことこそがよほど「愛情」であり、「教育」であるような気がしてならない。
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by hibinag | 2007-01-12 22:44 | 03.主張