慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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根っこはどこだ

来年4月、福岡で、
「国語以外の授業はすべて英語」という私立小学校が開校するんだそうだ。

国際舞台で活躍できる個性豊かな人材を育てるのもいいだろう。
従来の大学入試目標型の教育を改め、個性を育てつつ
英語が自由に使えて国際化時代に十分通用する日本人の育成を目標にする

のもいいだろう。
六年間でシェークスピア劇を英語で演じることができる能力を身につけるのも結構だ。

でも、私にはしっくりこない。
これで本当に国際人が育つのか?
つーか、国際人って何だ?
シェークスピア劇を英語でできたら国際人なのか?
じゃあ、英国人はみんな国際人か?

それは屁理屈だ? そう、屁理屈だよ。
でも、それなら、それを国際人を育てるための6年間の目標にするのは正しいのか?

そりゃあ、英語が話せないよりは話せたほうがいいだろう。
そんなこたあ、誰だって分かる。
だが、言葉は道具でしかない。
言葉を操ることはできても、会話に中味がなけりゃあ、意味がない。
そんなものは、ソフトを積んでないパソコンと同じだ。
クリープを入れないコーヒーのほうが、まだ実効性があるぞ。
いや、それは関係ないか。つか古いか。

それはさておき、大事なのは「話せるか」ではなく、「何を話すか」だ。
それを訓練するほうが先じゃないのか?
もちろん、オール英語でも可能だろうけど、必然性も感じられない。
英語の能力だけ鍛えれば、それで事足りるなんてもんじゃない。

まして児童(のほとんど)は日本人のはずだ。
少なくとも、日本で暮らしている子供たちであることは間違いなかろう。
彼らの目の前にある生活に最も必要なのは英語じゃない。日本語だ。

もう一度書くが、言葉は生き物だ。
それをつかう人々の生活が根付いた場所で、最も有効でなければならない。
かの学校で学ぶであろう子供たちにとって、それは英語じゃない。日本語だ。

そして、言葉は文化を形作る大切な要素でもある。
我々は日本という国に生まれ、日本を見て、日本を考え、
日本から世界を臨んでいる。
日本の社会、日本の習慣、日本の気候風土、日本人の気質…。
美点も汚点も、日本という「場所」に立って、時に融和し、時に立ち向かう。
そして、そのすべてを思考し、表現し、語り、伝える。日本語によって。

私は日本以外の国で暮らしたことはないから、確かなことは言えないが、
その国にはその国の言葉でしか表現しえないものが、きっとある。
外国を引き合いに出すまでもない。
関西弁の「アホちゃうか」は、こうとしか表現できない。
機械的に関東ことばに変換した「バカじゃねーの?」には、
「アホちゃうか」のニュアンスは盛り込めない。
そして、それは私が関西人だから言えるのだ。
関西の生活とか文化に根付いて言えるから、その判断ができるのだ。たぶん。




要するに、「外」に気を取られる前に、「内」をまず固めろってことだ。
「外」に興味を持つのはいいこと、というより、むしろ持ったほうがいい。
だが、「外」ばかりを見過ぎて「内」を見ることを疎かにするのは如何なものか。
ましてや、道具を磨く練習ばかりして、試合で役に立つのか、ってことだ。

英語の勉強は大いにすればいい。
私だってビートルズが好きだ。何も攘夷論を唱えようってわけじゃない。
でも、自分の国の言葉は大事にしようよ。
それは自分の国の文化を大事にするということであり、
ひいては自分の生まれ育った場所や自分の周りの人々、
自分にまつわるすべてを愛し、大切にするということなのだ。
やや拡大解釈かもしれないが、大筋そういうことだ。
言い換えれば、
自分の立つ位置をしっかり認識して、地に足をつけるってことなのだ。

あえて言うが、昨今の日本語ブームなんてクソ食らえだ。
それは、日本人が日本語をないがしろにしてることの裏返しだ。
そんなことだから、「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?
なんて言葉を吐いて平気でいられるのだ。
それは言い過ぎか? でも、そんな気がするぞ、モーレツに。

そんなんじゃなくて、何て言うのかなあ、根っこはどこにあるんだ? ってことだ。
根っこをきちんと張ってないと、どこへ行っても通用しないだろうし、
逆に、きちんと根を張っていて、
それがどこにあるかってことを把握していれば、
語学力に少々難があろうが、そんなものはいくらでも凌駕できる
だろ、
ってことが言いたいのだ。

国際人である前に我々は、
そしてこれから件の学校で教育を受けるであろう子供たちは、日本人だ。
それを忘れちゃいけない。
軸足の置き所のない国際人なんて、しょせん根無し草だ。たかがしれてる。
本質を見ないで、上っ面ばっかり追いかける「教育」は、もういいだろう。
耳障りのいい修飾語にごまかされて、浮足立ってちゃいけない。
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by hibinag | 2003-06-27 12:43 | 03.主張