慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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喪中の効力

マンションの下の郵便受けに欠礼状(いわゆる喪中ハガキ)が届いていた。
そう言えば、そろそろそんな季節だなあ。
そんなことをぼんやり思いつつ、エレベーターに乗りながら何げに見てみた。
それは妻に宛てられたものだったが、そこには

祖母○○、九十歳にて永眠致しました

とあった。

う~む。
私はしばし考え込んだ。
90歳といえば大往生ではないか。
ご親族にとって、死そのものは残念なことには違いないだろうが、
それほどの長寿を全うされたことは、ある意味、喜ばしいことではないのか?
しかしそれでも、新年の挨拶はご法度なのだろうか?

実は、欠礼状については前々から引っ掛かるものがあった。
今回のケースは赴きが異なると思うが、血縁者が亡くなったら、
それがどういった人であろうと、欠礼せねばならぬのだろうか。

それが相当に遠い親戚であっても?
もう何十年も行き来のない間柄であっても?
普段、ろくに喪に服していなくても?
いかなる場合も有効期限は1年間?

年賀状は形式的なものだ。
そして欠礼状もまた、形式的なものだ。
我々は所詮、そうした形式の縛りから完全に逃れることは難しい。
だが、同様に形式的であるのなら、楽しくて前向き方向の方がいいなあ。
ちょっと簡単に考え過ぎかもしれんけど。

もちろん、期間とか範囲とか、
服喪のレンジは多分に個別的感覚に基づくものであるから、
他所様のことをとやかく言うつもりはないし、言えるものでもない。
そして、それもまた、「常識」というある種の形式に囚われた
考え方なのかもなあと気づいて一人苦笑する晩秋の夜。

寝よう。




【追記】
こちらによると、

「配偶者、兄弟、直系の血族、配偶者の両親、祖父母が亡くなった場合」
「故人が二親等よりも遠くで別世帯であれば、新年を祝うことも多い」

とのこと。

また、こちらでは、

「祖父母、配偶者の祖父母、配偶者の兄弟姉妹を亡くした場合には、
故人と同居していなければ欠礼としないことが多」いそうで、さらに、

「喪の期間の基準となっているは、明治時代に作られた忌服規定」
「両親が死んだときで1年、夫1年、妻3カ月、子供・兄弟は3カ月、
祖父母は5カ月、叔父叔母は3カ月」
「しかし現代では細かい規定でなく、
欠礼は一律に亡くなってから1年としているのが普通」

とのことだった。

ただ、大往生であるかどうかは、勿論どこにも書かれていない(私が見た限り)。
これは多分に私の感覚、というより欠礼状を見た時にふと思ったことにすぎず、
私自身が血縁者であれば、まるで違うことを思っただろう。
ちなみに、本編で書いた故人が亡くなられたのは2月であり、
上記の「明治時代に作られた忌服規定」に従えば、喪は明けていることになる。

あえて書くが、私は欠礼がおかしいと言いたいわけではない。
ただ、個人の感覚によって様々に変わるはずのものだから、
必ずしも一律にやる必要はないんじゃないのかなあ、と思ったにすぎない。

ちなみに私、自分の結婚式の1週間前に祖母を亡くしたにもかかわらず、
結婚したことと、それに伴う住所変更などを知らせるために、
思い切り年賀状を出したのだが(親族は除く)、これは明らかに反則である(笑)。
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by hibinag | 2004-11-29 23:18 | 01.日常雑記