慌てなくていい。急がなくていい。前を向いて、少しずつ。地に足つけて、一歩ずつ。


by hibinag
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伝説の男~ゲイがだめなら世間ごまかす

ブライアン・エプスタイン。
ビートルズを世に送り出したマネージャーであり、
プロデューサーのジョージ・マーティンと並んで
「5人目のビートル」などと称される人物だ。

ブライアンとビートルズの出会いには、ある伝説がある。

1961年10月28日、ブライアンが経営していたレコード店・NEMSに、
一人の少年がやって来た。
少年の名はレイモンド・ジョーンズ。
ビートルズというバンドの「マイ・ボニー」というレコードを探しに来たという。

ところが、ブライアンはビートルズのことも「マイ・ボニー」のことも全く知らなかった。
いかん。これではプロ失格だ。
そう考えたブライアンはビートルズとレコードのことを調べてみた。
ゆけ!グーグル発進!<まだないって

調べてみると、レコードはドイツで発売されたもので、
しかもビートルズとやらは、
すぐ近所のライブハウス「キャヴァン・クラブ」の常連バンドだということが分かった。
さらに、店員の話によると、彼らはNEMSにしょっちゅう来ているらしい。

それを聞いてブライアンは思い当たった。
あいつらか!
いつも大きな声で下品なジョークを飛ばし合いながら棚を冷やかしては、
結局、何も買わずに帰って行く連中がいたな。

ふと興味を持ったブライアンはキャヴァンに足を運んだ。
そして、彼らの熱気と若さ溢れるステージに魅了され、
マネージャーを引き受ける決意をする…。

とまあ、ビートルズの歴史を描いた本には、だいたいこういう感じのことが書いてある。
ところが、事実はどうも違うらしい。
ブライアンはどうやらそれ以前から、ビートルズのことを知っていたようなのだ。




ジョン・レノンのカレッジ時代の友人にビル・ハリーという男がいる。
彼は、地元・リバプールのビート・グループを紹介する音楽新聞
「マージー・ビート」を発刊する。
創刊号発刊は60年7月6日。
「レイモンド・ジョーンズ伝説」の1年以上前だ。

この時ビルは、ブライアンに頼んで新聞を1ダース、店に置いてもらった。
新聞は、あっと言う間に売り切れた。
驚いたブライアンは第2号を145部注文した。
その第2号の1面トップを飾ったのが、
当時、地元ではすでに知られた存在だったビートルズだった。
第2号は創刊号以上の大反響で、飛ぶように売れた。
ブライアンはビルに電話し、「すごい人気だ!」と、とても興奮していたという。

また、ビルは、「レイモンド・ジョーンズ伝説」以前に、
ブライアンとビートルズについて話し合ったと回想してもいる。
第一、このレイモンド・ジョーンズという少年、実態がはっきりしない。
「ビートルズとブライアンを引き合わせた男」なら、
本人が何か話していてもよさそうなものだが、
そういう記録が一切ないばかりか、どうも実在すらしていないようなのだ。

では、なぜそんなありもしない話をでっち上げたのか。
それはブライアンがホモであることを隠すためというのが、
今ではほぼ定説になっている。

ブライアンが男色家であったこと、
ビートルズのメンバーでは特にジョンがお気に入りであったことは、
今ではファンの間でよく知られている。
おそらく彼は自分の店でジョンを見初めた。
だが、ホモセクシャルなどということが知れたら奇人扱いは免れなかった60年代。
何としても真相の発覚は避けなければならなかった。

かくして「レイモンド伝説」が生まれることとなった。
今から見れば他愛ない「真相」のように思えるが、
当時としては、おそらくエライコッチャの大問題だったのだろう。
伝説の裏には、時にその時代を生きた人間の悲哀が隠されていたりする。
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by hibinag | 2004-03-12 19:51 | 05-1.Beatles